
「いや、彼女、すごいね。最近こんなに綺麗に焼き魚を食べる人は見たことがない」
「たしかに」
「きみの皿なんかひどいもんだ。遺跡を掘り返したみたいじゃないか」
「イツキさんだって爆弾が落ちたジャングルみたいです」
自分の皿が話題になって、照れくさそうにしている女性編集者が、笑いながらこう言いました。
「私の家では、母が魚の食べ方にうるさかったものですから。その母も、昔は祖母からいつも叱られていたそうです」
「なるほど」・・
小説の一節ではありません。
実話だそうです。
五木寛之さんの『こころの相続』からの抜粋です。

五木寛之さんと言えば、福岡県出身の有名な作家さんです。
私が高校生のとき米子市にあるうちの高校までいらして講演されたことを覚えています。
先ほどの話にもどりますが、私でしたら、「へ~っ、魚食べるのうまいね~。」で終わってたでしょう。
さすが文豪です。五木さんは、この後、こう記されています。
「このときふと思ったのは、親や家から相続するのは、財産ばかりではないのだな、ということでした。土地や、株や、貯金などを、身内で相続するのは当然のことです。しかし、人が相続するのはモノだけではない。目には見えないたくさんのものを私たちは相続するのではないか。
魚の食べ方などは、その一つにすぎません。・・・」
私は両親から何を相続しているのだろう・・?
五木寛之さんと同じ問いを自分にもしてみました。
今のところ、相続ではなく生前贈与です。「贈与」の定義は別として(**)
・朝の歯磨きの順番は、ごはんを食べる前ではなく、食べたあと
・食べ物を残さない
・鳥取県西部地方の方言
・鳥取の「おぞうに」文化は、ズバリ、皆さまの共通認識でいうと「ぜんざい」
こうしてみると、目に見えないものは、知らないうちに相続しているものがありました!
皆さまは、どうお考えになられますでしょうか?
焼き魚を綺麗に食べれるのは、確かに財産だと思います。
私はバラバラにしか食べれないので。いつも恥ずかしい思いをしています。
もう少し、五木寛之さんの『こころの相続』を読み進めてみたいと思います。