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他人を貶める人の心理(1)

 やたらと他人を貶めてくる人たちというのがいます。彼らは、自己愛的な人格構造をしていると言ってよいでしょう。それがどのような構造なのか、という話をします。このような人たちが、しばしばモラハラ加害者になります。

  

・善悪の二極化

 

 自己愛的な人格構造においては、善と悪とが二極化して分離しています。普通の人は、人間を良い面も悪い面もある総合的な一人の人格として見ることができるのですが、彼らは、良いか悪いか、どちらかなのです。そこで、たとえば、一度評価した相手のことは、何をやっても良く解釈するかと思えば、ダメだと思った相手のことは、何をやってもダメだと解釈します。また、評価していたはずの人であっても、相手が少しでも自分の期待に応えないことがあると、直ちに貶めるようになったりします(「理想化」「脱価値化」)。

 

 やたらと他人を理想化するのも、貶めるのも、彼ら自身の自己肯定感に関係しています。貶めるのは、他人より自分が優れている、という満足感を得るためですが、理想化するのも、それにより自分の価値が高まるからなのです。つまり、自分は非常に優れた人と特別な関係にあると思えたり、自分には優れたものを評価する鑑識眼があるという自負を持つことができたり、資質の点で、自分はその優れた人と並ぶほどの人物である、と思えたりするのです。

 

 ところで善悪の二極化は、彼ら自身の中でも起こっています。自分が理想化している相手と関わっているとき、彼らは自分の中の良い部分だけで向き合い、まるで悪い部分が存在しないかのように振る舞います。たとえば彼らが自分の気に入った女性を口説こうとするとき、まるでその女性が自分の人生の救い手で、なくてはならない存在であるかのように極度に理想化し、一見、純粋で美しい心情を向けるでしょう。女性の方で恋愛対象にならないと感じる場合でも、少なくとも、傷つけてはいけない相手だと感じ、非常に気を遣って対応するハメになります。

 

 しかし、彼らの悪い部分が本当に存在しないかというと、単に隠されているだけで、すぐに姿を現します。彼らは自分に自信がなく、他人と親しい関係になると、不安になるのです。自分の価値を高めるのに、理想的な相手に依存しているというのが実態なのですが、相手に依存していることを自覚するのは、自分の優れた自己像にふさわしくないと感じます。だからといって、普通に接していたら相手に逃げられて、また自尊心が傷つきます。こうして、好きな人と親しくなると、相手の存在が自分の心理にとって脅威となってしまうのです。そこで、相手を無力化、脱価値化し、支配下に置こうとします。

 

 ・悪は他人のせいにする

 

 彼らは自信がなかったり、不安になったりというネガティブな面が自分にあることを認めたがりません。自分の欠点に目を向けるだけで、精神病になってしまうかもしれないからです。*1 彼らはナルシストで、現実の自我と、自分が理想化している自我が違っていることを絶対に見ようとしません。タチの悪いことに、彼らは自分の中にあるのは「善」だけで、「悪」は存在しないと思いたいのです。普通の人は自分のことも、良い面も悪い面もある総合的な一人の人間として受け入れ、自分の欠点に目を向け、それを反省し、克服していくことができますが、彼らはそうしたことができません。自分の中に、何か劣悪な感情が湧いてくると、それを自分の性格の悪さによるものだと認めることに耐えられず、邪悪な他人が自分を不快にさせていると考えます。それで、不都合が起きて、自分が愉快でなくなると、何でも他人のせいにしたり、他人を罵ったりしてきます。

 

 こうしたとき、責任転嫁された人や、罵られた人は、自分が思ってもみないような事で責められていると感じるでしょう。その不愉快さは、格別です。なぜなら、責められている人には実際の責任はないし、人間的な落ち度もないのに、責めている人自身が、事柄の責任だけでなく、自分の人間的な低劣さまで一緒に相手に背負わせてくるからです。

 

 それが無意識に行われる(つまり、心の底からそうだと思い込んで行われる)のが、「投影」とか「投影同一視」です。これについては、また改めて説明します。普通の人の感覚では、「自分のことを棚に上げて、他人の欠点を言ってくる」というように感じられると思うのですが、実際にはもう少し違うことが起こっていて、この仕組みが分かると、あまり嫌な影響を受けないで済みます。

 

echo168.hatenablog.com

 

*1:精神分析医たちの間では、<自己愛的な変質者>―すなわちモラル・ハラスメントの加害者は<症状のない精神病者>だと考えられている。というのも、彼らは自分たちの苦しみや自分たちの内部にある矛盾を他人に背負わせて心の平衡を保とうとするが、彼ら自身は自分の苦しみを感じたことがないし、自分のなかにある矛盾にも気づこうとしない。だが、それでも苦しみや矛盾は存在するので、もしそれを放っておけば重大な精神病になる可能性がある。そこで、精神病の症状が現われる前に、そういったものを他人に押しつけてしまうのだ。<症状のない精神病>とはそういうことである」(マリー=フランス・イルゴイエンヌ著『モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられないー』1999年, 紀伊國屋書店, 210-211頁)。




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