新しい小説も書くには時間がかかりますね。どちらかといえば、哲学のほうがパッと書くには書きやすい。なのでヘーゲルの知覚Ⅱにおける、弁証法的な思弁を国家に当てはめてみました。何にせよ素人考えなので間違ってたらご指摘ください。
①『合衆国モデル』(もまた)〈多から一へ〉
○各地域を独立した諸性質と見做す
①ではアメリカ合衆国を例に取ろう。まず、多民族国家として国を構成する、諸々の人種は独立したグループを形成している。白人、黒人、ヒスパニック、アジア系と多種にわたる。また、地域別、例えば黒人の多いハーレムやブロンクスと、白人の多いフロリダやミシシッピなど南部、ヒスパニックの多いニューメキシコ州などとの性質。また、それぞれの人種には客観的かつ独立した性質が備わっている。多数の州はお互い直接的な関連はない離散集合として見る。カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州、ニューヨーク州、オレゴン州、ユタ州もかくのごとしである。
問題さえ起きなければ、お互いには無関心である。また各人種は発生起源や文明についてはそれぞれ独自のものだ。民族を構成する要素やが互いに離れており、諸性質の間に連続性がない。アメリカという国家はこれら独立した、多民族性質、諸地域性質を束にしてまとめる輪ゴムのような媒体に過ぎないとする。輪ゴムは、アメリカ国民であるというアメリカ人の主観的意識によってまとめられている。
しかし、バラバラの人種や地域を積分して、束にしてもはたして一つの国として機能するのかという疑問がある。実際にアメリカは人種差別問題や地域格差、宗教紛争など多くの矛盾を抱えている。問題は起こり諸人種、諸地域でお互いに無関心ではいられないのだ。関係性(縁)が生じてしまう。さらに考えを推し進めればシヴィル・ウォー(南北戦争)が起きやすいリスクがあるとも考えられる。そのため、アンチテーゼとして国は国としての本質を持ち、一つの存在として存在しているという『国体』という考え方が登場する。