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他化自在天の墜落と境界線

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グルジェフによれば私たちの潜在意識下では膨大な情報をテレパシーを用いて交流してます。様々な立場の他者に成り切り、他化自在天やランプの魔神のように相手(親・教師・会社・国家)の願いを叶えるように振る舞い、その願いを聞き召使いのように振る舞う自己に戻ってくる流転の果てに、他者に成り切るベクトル(向他有)から他者から見た自己(即自有)にフォーカスされていきます。自己に接する多数の他者に向かい成り切り自己に戻る、その軽微な転生、往還の中で情報を吸収して自己を確立していく。ヘーゲル的に言えば、向他有と即自有が止揚(アウフヘーベン)されたということですね。

この過程で他者の願望の肯定である自己から、他者の否定による自己に目覚めます。こうして、他者の否定により、他者との差異が明らかになり、自分は自分であるという執着が強化され、醸造されていきます。そのように自我に執着したとたん、逆に抵抗、障害となる他者がたち現れます。しかし私が私であるためには、私の中で他者の存在を排除(アポーハ)せねばなりません。そのため直接的な自己と他人の境界線が生成されます。自己が境界線を持つことによって、他者は自己の外に存在することになります。この境界線はヘーゲルにおける〈限界〉として概念づけられています。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』ではATフィールドとして表現されています。ATフィールド…それは心の壁(笑)

境界線は〈私の領域〉として他者を限界づけるばかりでなく、〈他者の領域〉として自分の限界でもある。しかし、ダルマキールティ式に言えば、境界線は私の意識である18界の内で認識された〈他者〉そのものでもあります…逆説的ですが。なので、その境界線、我が認識における〈他者〉においては自己がそこに有り、かつ、無い。そして境界線の彼岸である他者のほんとうの内心や生活は闇の中にあり、認識できません。

さて、他化自在天 は自他の境界線(心の壁)ができた時点でおそらく他化自在天ではいられなくなり墜落していくでしょう。自他の境界線があってはもはや第六天魔王は他者の楽事を自らの快楽にできません。逆に言えば他化自在天においては快楽や幸福というエネルギーにおいては境界や壁が無く、アポーハできない。アポーハ(排除)していたら相手の快楽を奪う、という言い方をされるはずです。このことについては羽田先生もおっしゃっています。

〉欲の楽しみをそのまま自らに享受するので他化自在天であり、人の喜びを奪って喜ぶという訳ではない。(羽田先生談)

この快楽の享受において自他の境界線を越えていくことが第六天の主、他化自在天の最大の特徴であります。自他の決定不可能性とも言えます。




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