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アラジンと化天

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私は夢、ないしは白昼夢の世界では空気のようにただよってますと、知り合いたちにつかまり、そいつの好きな人に間違えられ、勝手に違う名前を付けられ友愛をもって接されるわけですが、その人たちが夢の終わりにこちらの顔が見えると、あからさまにガッカリとされ何でおまえがいるんだよ、とか、おまえ嫌いとか言われます。

思うに願主の念力というものは強力なもので、例えば夢の中の環境では、風景、話す相手、こうあってほしいという形や声を加工して見たいもの見ている、つまり願主にとっての夢の中の私は材料になっている。また他の美しい風景や、現実世界で会う人たちや見るものの印象は記憶庫にストックされてその加工の材料になっている。

六欲天の第五天に生まれた者は自ら妙楽の境地をつくり出して楽しみ、八千歳の寿命を保つといわれる。化天。化楽天楽変化天。化自在天、とも言われる。

化天のような念力を人々は本来もっているようです。思考は現実化する(ナポレオン・ヒル)のような感じですかね。また化天は己の望むものを自在に創り出し変現させ楽しむとあります。例えば望む他者が欲しければそれを創り出す。世界が欲しければ自らの願望のままに世界を創り出します。

そうした自らの強い願望や念力を持った者に対して、真っさらで純粋な状態にある私たちは、自己を否定し他者へと向かい他者化して成り切った他者の願いを叶えようとする。まるでランプの魔神(ジーニー)がアラジンに仕えるが如き状態なのであります。ちなみににアラジンのお話しは中国が舞台らしく、挿絵を見ると中国風なんですね。

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この願主アラジンが自らの喜びの境地を現実化するために周囲や物質を捻じ曲げ、ジーニーの如く仕える他者化した人たちを使って自らの願いを叶えていくなら化天の境地です。道路よあれ!堤防よあれ!と国土を改造し、経済を発展させ、日本人を幸せにすると政治家(願主)が明言しているならば、共鳴した支援者やボランティアたちが手足のように仕えます。

しかし、このランプの魔神のように、仕える支援者たちがもし、この願主アラジンの願いを叶えてあげることにより、我がことのように喜びを感じるならば、仕えるもののほうが一段上でしょう。なぜなら、化天(アラジン)は願いが叶ったら終わりですが、ランプの魔神は他のいろんな人たちの願いを叶えるべく、その働きは終わらないからです。つまり、化天の願いを叶えることにより利益(喜び)を得る存在ですね。つまり化天にとっては自分の願いを叶えてくれる〈他者〉です。つまり〈他〉化天。

正式には他化自在天と言います。六欲天の第六天。欲界の天主大魔王である第六天魔王波旬(はじゅん、Pāpīyas)。この天は、他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽とするからこの名があるようです。天人の身長は三里、寿命は1万6千歳という。ただし、その一尽夜は人間の1600年に相当するという。

天人としての他化自在天は、弓を持った姿で描かれます。私はランプの魔神のような姿を想像してました。ウィル・スミスみたいな。私の中ではランプの魔神は他化自在天ですね。

では、なぜ他人の快楽を自分のように感受することができるのか?おそらく自他の境界がないのだと思います。自他の境界があったら、他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽とすることはできませんから。ちなみに不動明王他化自在天の欲界における悟りへの願望(菩提心)を認めた姿だと私は思ってます。なぜなら仏道修行者に奴僕のように仕えると記載がありますので。ウィル・スミス青いし。




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