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戦神

いわゆる思想や知識に実体は無い、空であり戯論である。政治思想ならなおさらそう。国や国の集合をそういう状態にしてる奴がはびこってるせいで、そういった奴が推奨してる思想知識を言う皆さんがいるのであって。実際のところ、思想知識仮名そのものは、人の思考に乗っかってるだけの物なので、ちゃんちゃら可笑しいのです。

が、知識、仮名にも有益なものもある。いわゆる占術、呪術、魔術的知識だ。これら知識を表面に出すことにより、ヒトの無意識下に封じられているモノを見い出すこともある。

例えば、例えばの話しだが…ものすごく大きな規模の話をすると。国民とか人民とか全体の集合無意識下には封じられたエネルギーがある。いわゆる魔術でいう火星のエネルギーをタリスマンに召喚するやつ、あれの数億倍のエネルギーがあったらどうだろう?それは喩えて言うならば、火薬庫のようなものだ。

何が言いたいのかと言うと、思想知識によってではなく、それに先行して、我々は闘争したい。政治的に不満だから戦争を起こすべきだ、とか、悪の独裁者が戦争を起こすとか、ではなく、先天的に我々は〈戦争をしたい〉のだ。つまるところ戦争のエネルギーのご本尊みたいなのがいる。古今東西の戦争のエネルギーの巨大な集合体。これは、右翼左翼関係ない。それは、戦争のための戦争と言うべきものだ。戦争は〈それ〉にとっては血の供儀であり、火の祝祭である。それに気づいたら集合無意識下に封じられている巨大な阿修羅、戦神を見い出すだろう。我々人類はそれに動かされている微生物にすぎない。ちなみにこのエネルギーは惑星の配置と密接な関係にある。

このエネルギー先行に気づいたら思想、知識は道具でしかない。実を言えば、こうした知識、仮名は存在しないが、さらに言えばこれら思想知識は無ですらない代物だ。エネルギーがうまく流れるよう後から大衆が賛同しやすいように付加されたものだ。それにより、降りてきたエネルギーに回路を作っている。マルクス主義にしろマオイズムにしろ国家神道にしろ日蓮主義にしろ、回路のための道具立てである。こうした力を焚き付ける回路だけではなく、逆に鎮静化したりアースして散逸するような回路が発達したのが今の日本だ。

思想知識が《力》の道具でしかないことをわからないうちは、知識の学習はよくない、有害ですらある。なぜなら、知識や思想を刷り込む基本は、精神を壊されている状態が基本だからだ。洗脳(xinao)は情報や社会的または肉体的な圧力によって、人間の自然な知能や精神がねじ曲げられる事により、概念知が概念知の対象をひねくり出すことを言うのだ。




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