さて、難しい三諦シリーズも今回で〆です。
〈自性空〉は〈縁起〉であり〈仮名〉であり、〈中道〉だと言われています。
〈中道〉とは生・滅・断・常・一・異・去・来の八つの偏った見解を離れることを言います。この八つの見解を八邪とも言い、八邪を否定することを八不、または八不中道とも言われています。
八邪の否定は不生・不滅・不断・不常・不一・不異・不去・不来ですが、だいたい四つのセクションにまとめられます。
〈不生・不滅〉〈不断・不常〉
〈不一・不異〉〈不去・不来〉
では〈仮名〉はどのように八不中道なのでしょうか?〈仮名〉をおさらいすると。
これは喩えですが…様々な実際の猫のデータファイルを集めたフォルダがあるとして、その〈フォルダ〉が〈猫〉という概念に該当する。この〈フォルダ〉を〈仮名〉と言います。フォルダに入れるべきデータファイルは、まとめて〈猫〉というふうに呼ぼう、その名前にしようぜ、という国や村など共同体によって民衆がそう呼んできたわけで。これは、たんに人間の認識の利便性のため使われている単なる標識です。実際のところ、この分類〈フォルダ〉は膨大な個別の猫ファイル達に乗っかってるだけの物です。フォルダはニャーとは鳴かないし、チュールを要求しない。鳴いたりチュールを要求するのは知覚データファイルのほうです。ちなみにこのファイルは時間が経つと自動的に消えたり(寿命)、アップデートしたコピーを残したり、勝手に増えたりします(子孫)。しかし、それらファイルのまとめフォルダにすぎないのが〈猫〉という概念つまり〈仮名〉です。
さて、この〈フォルダ〉をこれら八不に代入すると。
① 〈フォルダ〉 は寿命のあるファイルの入れものにすぎない。生命ですらないので〈不生不滅〉である。
② 〈フォルダ〉は常住や断滅とならない。常住や断滅するとしたら個別のファイルがそれに当たりますが。入れものの箱にすぎないフォルダはファイルが入ってなかったら空です。よって〈不断不常〉となる。
③ まとめ〈フォルダ〉と個別の〈ファイル)は同じものではない、つまり一つではない。しかし紐付けられていて、全く異なるものでもない。よって〈不一不異〉にあたる。
④去来とは時間のこと。個別ファイルにはデータ内に再生時間(寿命)があるが、〈フォルダ〉にはそれがない。ファイルを視聴すれば猫の時間は経ちますが、フォルダには時間は流れていません。たんに猫と書いてある箱だからです。よって〈不去不来〉が当てはまります。
〈仮名〉が〈八不中道〉である説明は上記のとおりです。
では〈自性空〉や〈縁起〉は?〈縁起〉は拍手に似ています。
有名な考案に白隠禅師の隻手の考案というものがあります。
〈両手を打ち合わせると音がするが、片手ではどんな音がするのか?〉
拍手するとパンッと音が鳴ります。この音が独立して存在しているというのが〈自性〉。しかし、この音は存在性(自性)を欠いている(空)というのが〈自性空〉。音(存在)は隻手、片手では成立しません。この二つの手の縁によって音は鳴ります、これを〈縁起〉と言います。ファイルという手と、フォルダという手が出会い、結びつき、パンッという音がして、外界の対象を認識します。ファイルは無分別に知覚されますが、フォルダは分別のためにあります。ファイル情報を取捨選択して、フォルダごとに分類してさらにフォルダを組み合わせて意味を紡ぎ出していきます。
ファイルを現量、フォルダを比量とも言います。