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〈空諦〉の掘り下げ

〈因縁所生法 我説即是空

縁起、それをわれわれは空と呼ぶ。

〈yaḣ pratītyasamutpādaḣ śūnyatāṁ tāṁ pracak̇smahe/ 〉

⚫︎縁起はなぜ空なのか?

〈空〉とは『すべての存在は実体を有しない』という説明ですと把握しづらいのですが〈自性空〉のことを指します。〈自性〉とは例えば〈牛〉が牛自身の性質として外界に独立して存在していることです。〈自性空〉とは〈牛〉が牛自身の性質として外界に独立して存在していることを否定するものです。

なので、存在の自性を否定する(空ずる)と、では、その存在は何によって成立しているの?という問いに、〈自性〉の代わりの原理として〈縁起〉によって成立するよ、と龍樹は説いています。

では縁起とは何か、と考えてみると外界の物質的な因縁の他に重要な〈縁起〉があることに気づきます。その〈縁起〉とは〈色・受・想・行・識〉のプロセスです。

この五蘊が空であることは照見五蘊皆空と般若心経にも説かれていますが〈色・受・想・行・識〉をバラバラのピンでそれぞれが無であると考えずに、各ブロックが相互依存した認識プロセスの一環として考えます。この認識の縁起プロセスがしっかりと成立することは即その存在の自性が空であることの証明となります。この五蘊の縁起により外界の対象から自分の頭の内側に一本の縁起の線が引けるのがお分かりになるだろうか?

外界の対象を感覚器官を通して感受された認識内形象が、牛という概念、意味、言葉(仮名)に結合することで〈牛〉は成立します。このプロセスを〈縁起〉と言います。これにより牛の自性が否定(空)とされるのです。

外界の対象(色)⇔感受器官(受)⇔認識内形象+仮名(想)⇔概念的形成力(行)⇔記憶(識)

簡単に図にしましたが、詳しく書くと唯識になってしまう。こちらのプロセスのベクトルはインプットなので現行薫種子に該当すると思う。

〈牛〉という存在が上記の縁起プロセス(意識の内側)によるか、牛の自性(外界の実在)によるかが争点であり、この思想上の対立がインドの歴史上ありました。

⚫︎今回は縁起がなぜ空なのかについて書きました。次回は仮名がなぜ空なのかについて続く。

※これは今のところ私個人の中論の把握です。至らない所あるかと思いますが、ツッコミはコメント欄に書いていただけると幸いです。




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