
地震大国の日本では考えられないことですが、古来、インドでは地震はめでたいものとされていました。あまり地震が無かったから。降魔成道の時には仏が地に触れると(触地印)、それにより地震が起き魔を退散させた、と伝承にはあります。
地震と仏の関係ですが、勢至菩薩(大勢至菩薩)が地震を起こすらしいです。歩くと震脚となり、魔王の宮殿をも脅やかすとのこと。『阿閦仏国経』には阿閦仏が己の誓願の不退転を比丘に証明するためその大地を6種に震動させた、とある。法華経に釈尊が獅子座で獅子遊戯三昧の境地になり、神通力をもって大地を6種に震動させたと書かれている。つまりは釈尊が大地を神通力で震動させ、大地震を起こした。
仏の入胎、誕生、悟り、転法輪、遷化、解脱でちょうど6種あります。動・起・涌・撃・震・吼が6種震動の相と言われていますが、
中村元訳の『ブッダ最後の旅』にはこのようにあります。 アーナンダがブッタに大地震の原因を尋ねたところ、ブッタは以下のように説明した。 ≪アーナンダよ、この大地は水の上に安立し、水は風の上に案立し、風は虚空の上に存する。だから、まことに大きな風が吹く時、大きな風が吹いて水を動揺させる時、動かされた水は地を動揺させる。これが大きな地震が起こるための第一の原因・第一の条件である…》
この〈風〉というものを占星術の解釈を利用して電波ととらえると…電離層からの大量の電波が海や地に作用すると地震が起こるのではないか。気象兵器HAARPなどの原理もそのようなもののようです。電離層から放出されたELF(極低周波:3から30Hz)は、地盤の代表的な構成物である花崗岩中の石英と共振。強い低周波と共振した石英が逆圧電効果で振動し、やがて崩壊に至る。その結果地盤は崩壊し、地震が発生する。
私は、この原理がHAARPだけではなくBUDDHAにも当てはまると推測します。電離層に作用するような振動がBUDDHA(ブッダ)から出ている、と推測します。おそらくはチャクラから天の電離層に振動が発せられるのでしょう。また電離層の異常は大雨や雹、寒波など異常気象の原因となります。もしくは、ブッダそのものから触地印からELF(極低周波:3から30Hz)が伝わり直接地下の花崗岩、石英と共鳴するのかもしれない。
ミラレパの雹の嵐を呼ぶ呪術も、おどろおどろしいものを使うらしいですが、メカニズムは同じものかもしれません。芥子、黒胡麻、人の血、人肉の1部や犬の血やトリカブト、ここでは書きませんがその他諸々のものを、未亡人(依頼人のミラレパ母?)の服の切れ端に包めて、その地の源泉を探して投げ込め、とあります。源泉とは、「温泉が地表へ湧出する場所」または「湧出した温泉そのもの」を指します。源泉と言えば熱水鉱脈ですから、高温の熱水が岩石の割れ目を通過する際に様々な鉱物が沈殿してできた鉱脈ができます。沈殿する鉱物は石英が主体の場合が多く、特に「石英脈」とも呼ばれます。これら石英脈に先ほどの呪物を使い、何らかのマーキングをする。そして震動させるのではないか?僕の記憶だとミラレパの漫画では、ミラレパが父母の財産を奪った親戚やその仲間の村人を黒呪術で鏖殺するのですが、親戚が催した財産簒奪を祝う宴会の時、屋敷の柱がへし折れ屋敷が倒壊して全員下敷きになった。さらに雹の嵐が村を直撃して甚大な被害があり、作物も駄目になった。倒壊の前に家人が巨大な蠍や毒虫が柱を引っ張るのを目撃する描写がありました。地震があったのかもしれない、この倒壊と嵐により目撃者を除いた親戚と村人全員が死んだのです。
〈フーン、パット!〉と術者の天に放った振動により電離層の分子が崩壊し、放出されたELF(極低周波:3から30Hz)が雹を含んだ嵐など異常気象を起こす。さらには地中にまで届き、花崗岩中の石英と共振、地震が起こります。振動が蓄積され地盤沈下などもある。気功の達人が天の電離層に向けて気功をすれば気象や地震を操れる可能性はある。密教の祈雨法も電離層に作用するのではないか。
仏典には古代インドの釈尊周辺では大地震があったとされる。形態あるものは、常にあるものではなく無常である、ということを衆生に知らせるために、釈尊が獅子遊戯三昧に入り地震を引き起こした。この震動は以来、仏教そのものに付随するようになる。
達磨が中国に渡った後、代県地震が河南省嵩山少林寺近くの山西省で起きている。512年5月21日山西、代県地震 - M 7.4、死者5,310人。と、記録にはある。
聖徳太子による日本の仏教伝来時にも巨大地震が起きています。599年の推古地震(すいこじしん)は、『日本書紀』に現れる日本最古の被害記録が残る歴史地震。地震が発生し建造物が悉く倒壊した。四方に命じて地震の神を祭らせたという。聖徳太子の伝記によれば、太子が地震を予知して建物の補強を促し、地震後は税の免除をしたと伝わる。
紀元1世紀に、中国に仏教が伝来しました。ちょうどその頃の中国は後漢でしたが、地震の記述がやたら多いです。後漢書から抜粋しますと…
以下、「後漢書」に記載のある「地震」を抜き出して羅列してみます。
89年7月:会稽山(楊州)で地震
92年6月:郡国十三で地震
100年閏4月:南郡シ帰県(荊州)で山崩れ
105年5月:右扶風擁県(司隸校尉部)で地割れ
108年:郡国十二で地震
109年12月:郡国八で地震
111年1月:郡国十で地震
112年6月:豫章郡(楊州)で原山が崩れる
113年2月:郡国十八で地震
114年2月:日南郡(交州)で地割れ。
115年5月:洛陽新城で地割れ。11月:郡国十一で地震
116年2月:郡国十で地震。
116年7月:コウ氏(河東郡)で地割れ。11月:郡国九で地震。
117年:郡国十三で地震
118年:郡国十四で地震
119年:2月:京師と郡国四十二という広範囲にわたる地震。12月:郡国八で地震
120年:郡国二十三で地震
121年11月:郡国三十五で地震
123年7月:丹陽郡(楊州)で山崩れ。同年:京師と郡国三で地震
124年6月:巴郡(益州)で山崩れ。同年:京師と郡国二十三で地震
132年4月:京師で地震。6月:洛陽で地面陥没
135年12月:京師で地震
137年4月:京師で地震
138年2月:京師から金城、隴西2郡(涼州)にかけて自身、崖崩れ
138年閏4月:京師で地震
139年3月:京師で地震
140年2月:京師で地震
144年9月:京師と太原で地震
147年4月:京師で地震、郡国六で地震、地割れ。9月:京師で地震
149年9月:京師で2回地震
150年:シトウ郡(益州)で山の崩落
151年11月:京師で地震
152年1月.11月:京師で地震
154年2月:京師で地震。6月:東海郡(徐州)で山崩れ
156年12月:京師で地震
157年7月:河東郡で地割れ
158年7月:左ヒョウヨク雲陽県で地割れ
161年6月:太山郡博県(兗州)で崩落
162年5月:京師で地震
165年6月:コウ氏県で地割れ。9月:京師で地震
167年5月:京師と上党郡(并州)で地割れ
171年2月:地震で津波発生(場所不明)。5月河東郡で地割れ
177年7月:京師で地震
179年3月:京兆郡で地震
191年6月:京師?で地震