以下の内容はhttps://ebi76.hatenablog.com/entry/2024/12/25/175024より取得しました。


調伏の思想

私の眉間前50センチに現れたる観音の言う地獄行きの定まっている衆生に対する減刑、すなわち現世での滅殺は、私の地獄の刑期を短くするための利他行であると同時に、調伏でもある…ようは、私は呪殺されかかったのだと思う。

チベットの訳経僧ドルジェタクは、よく調伏、つまり呪殺をした。度脱(ドル)は利他行であり、救済し難い衆生を利益する最高の大慈悲の行為とドルジェタクは定義した。

ドルジェタクは、留守中にドルジェタクの妻を略奪したディキムパに対して、ヤマーンタカの行法で呪詛を行い、これによりディキムパやその軍隊の住む町は微塵に粉砕され、ディキムパたちの身体も粉々に砕かれ、瞬時に文殊菩薩によって浄土に導引された。まるで、戦術核兵器のような描写だ。

ドルジェタクは「勝義においては、殺すということもなければ、殺されるということもない。幻化による幻化の殺はありえない」という。

似たような思想はオウム真理教にもあった。「ポア」は麻原彰晃が使った用語で、被害者が自分の悪行で地獄に落ちるのを防ぐだけでなく、自分が関わった殺人事件の被害者をより高い世界に転生させるためでもある、とのこと。

慈悲のために悪人を殺し、彼らの意識を極楽浄土に移すなどの思想は日本仏教にもある。戦争中は主に真言宗からはそのような文脈から戦争が支持された。

高野山密教研究所長の栂尾 祥雲は「毒の煩悩を調伏し、心の眼を開かしむるための善巧方便として、時には正義の戦争をなし、多くの人を一時に殺害するようなことがあっても、それは必ずしも大罪とはならない」と主張した。釈雲照(渡辺雲照)も理趣経に基づき、「寧ろ速やかに彼を殺し地獄の業を止めて作らざらしめ、然るのちに再び人間界天上界に現出せしめんことを欲す」と日清戦争を支持した。

また、北一輝の2.26事件、や井上日召血盟団事件もこの思想に基づくものだろう。

つまり、調伏の思想を認めるということは、思想的には革命やテロ、そして戦争を肯定するということになる。

私は理趣分などでこれらの思想性を帯びた経文を読誦してますが。戦争は宇宙開闢以来ある宇宙の原理的なものなので、肯定するしかない。六道のうち修羅道そのものが無くならない限り戦争は無くならない。

ので、これらの思想を持つ者たちにとっては、最大の罪は『敗北』だと思う。北一輝と将校たち、血盟団やオウムは国家権力に負けて解体され、処刑された。チベット中共に負けて国やサンガが無くなり、ダライ・ラマは亡命した。日本はアメリカに負けて換骨奪胎され中身が滅びつつある。負けたらどんな深遠な宗教哲学も秘伝の呪術もラディカルな思想も意味は無くなる。

負けた軍は散り散りになり、首謀者は処刑され、弟子や国民は食うや食わずで路頭に迷うハメになるのだ。




以上の内容はhttps://ebi76.hatenablog.com/entry/2024/12/25/175024より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14