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鳥人間コンテスト

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近代オカルティズムでは爬虫類人種、レプタリアンなどと表現されているものが重要な役割を担っている書物が多い。が、精神病理学的には爬虫類への嫌悪感と、冷酷無比な現代社会支配者層をリンクさせた心理が激化して欧米のオカルティストやスピリチュアルに熱狂する人々の間で、悪の爬虫類権力"レプタリアン"や"ディープステート"が集団幻想として成立したとも言える。オカルトを愛する人々は国を問わず、社会上層部や権力者から圧迫があり、社会や権力を嫌っているため、オカルトに逃げている。オカルトはカウンターカルチャーとしても機能しているのだ。


だが、仮に大真面目に恐竜から混入した遺伝子の混入した突出した能力を持つ者が、猿から進化した我々の部族や国の王となったと仮定すると。


それは爬虫類人種と表現するべきではなく鳥類人種となるだろう。恐竜の子孫は明確に鳥類であるからだ。それも、ディノニクス、トロオドン、始祖鳥という系統が明確にされている。鷲谷日顕緊那羅(キンナラ)と表現したのも、あながち間違えではないのかもしれない。


そういえば、全然関係ないが、鳥人間コンテストという琵琶湖を渡る人力飛行機のテレビ番組があった。三井寺からはあの催しが一望できたのだろうか。


話しを戻すと、日本の天皇は"ご龍体"などと表現されている。これは、黄帝のころからの中国皇帝の表現を真似たものだが、どちらかと言えば"ご鳥体"だろう。天皇には通常の人間とは違ったと言われた特徴があったと言われている。


先代旧事本紀』は日本の史書であり、神道における神典である。『旧事紀』(くじき)、『旧事本紀』(くじほんぎ)ともいう。全10巻からなり、天地開闢から推古天皇までの歴史が記述されている。


著者は不明だが、物部氏に関わる事柄を多く記載しているために物部氏の人物であるとい序文には、推古28年(620年)に推古天皇の命によって聖徳太子蘇我馬子が著し推古30年(622年)完成したものとある。


時に小治田豊浦宮に御宇し豊御食炊屋姫天皇即位し二十八年歳次庚辰春三月の甲午朔戊戌に、摂政めたまふ上宮厩戸豊聡耳聖徳太子尊命す。大臣蘇我馬子宿祢等、勅を奉りて撰び定む……時に、三十年歳次壬午春二月の朔巳丑是なり


さて、この序文があやしいとされて江戸時代の国学者からは偽書扱いされた。しかし、大嘗祭での祝詞と同じものが記されているために、偽書ではないとする学者も多い。


この『先代旧事本紀』の類本に『先代旧事本紀大成経』なる書があり、これもまた詳細な内容にしては偽書扱いされている。しかし、特筆すべき点がある。


そこでは天皇の身体的特徴をこと細かに描写しているのだ。


神武天皇(初代)


背の高さは約3メートル15センチ、胴回りは、両手を伸ばして一抱えした長さに15センチほど足した長さ。頭には9センチほどの角が二本あり、それはまるで雪のような色をしていたと伝えられている。背中には龍のような背ビレがあり、その長さは1メートル20センチ、尾の裏側には大きな鱗が72枚ある。105歳のときに皇太子の位に就いた。


綏靖天皇(2代)


身長は3メートル、目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っている。背中に鱗があり、怒るときにはそれが逆立つ。その武術は人に勝るので臣下は軽々しくモノを言えなかった。


孝霊天皇(7代)


生まれながらの御容姿は、他の方とは大きく異なり、お顔が長く龍のようだが、決して醜くはない。その耳の後ろに白い鱗がある。胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間から氣を放っている。俊敏で、どんな遠いところにも行くことができた。


崇神天皇(10代)


背の高さは1メートル90センチ、額に10センチほどの青い角が一本ある。下の顎の歯は短く丸く、下は長く鼻にまで届いた。


垂仁天皇(11代)


背の高さは1メートル80センチ、髪は右曲がりに頭を9周するように生え、頭頂部で輪のように巻いてとどまっていた。両脇の下には金と緑の羽を持ち、肘にも同じような羽が根ざしていた。


・神功天皇(14代)


御容姿は非常にたおやかで美しく、その目には二つの瞳(瞳孔)を持っていた。乳に9つの穴があり、力は強く建物の柱を揺るがすほどだった。


応神天皇(15代)


背の高さは2メートル90センチ、肘には弓を射るときの「鞆(とも)」いう丸い当て皮のような形があった。顔の真ん中の角は天に向かってまるで弓に矢を番えたかのよう。胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていた。その長さは馬の尻尾ほどで、とても強く根ざしていたので最後まで抜け落ちることはなかった。


仁徳天皇(16代)


御壮年のころで、背の高さは1メートル90センチほど、目には青と黄色の光があり、耳は眉毛の上ぐらいの位置から口の下にまで垂れ下がり、足の指は長く、まるで手の指のようだった。


垂仁天皇(11代)は両脇の下の金と緑の羽を持ち、肘にも同じような羽が根ざしていたが、トロオドンやディノニクスも同じように脇から肘にかけての翼を生やしている。応神天皇(15代)肘には弓を射るときの「鞆(とも)」いう丸い当て皮のような形が生まれつき身体にあった。孝霊天皇(7代)は俊敏で、どんな遠いところにも行くことができた。これなども、トロオドンやディノニクスなどの小型羽毛恐竜の身体的特徴が発現している。おそらく、これは我が国の天皇家における、隔世遺伝的な恐竜遺伝子復活の例であろう。皇族など特殊な血脈の人は人間ではない者である可能性があると、考える人も一定数はいるのではないだろうか。

 

恐竜から進化した鳥のゲノム解析も気になるところだ。前にも紹介したが、科博初の鳥類の特別展が気になった。

 

https://toriten.exhn.jp


ただ、この説は共産主義社会主義者には、皇族と国民の間に"越えられない柵"を作るための、形を変えた王権神授説であり、天皇人間宣言の否定とも捉えられかねない。人民の国では発禁処分になる説かもしれない。

 




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