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立ち読みの歴史 (ハヤカワ新書) / 小林 昌樹 (著)

 

一通り目を通したので感想をメモ。立ち読みとか本に関心があれば読んでおいて損のない一冊。

 

調べる技術」「もっと調べる技術」の著者の手によるもので、立ち読みという、僕のような人間にとっては日常的な行為について、その意味や歴史を、前記2冊で示された技術を用いて文献を調べた結果をまとめたもの、という感じの一冊。コンパクトな分量にまとめられているので通読も容易。

 

立ち読みとはいかなる行為なのか、そんなことを考えながら立ち読みをする人間はおそらく皆無だろうと思う。立ち読みが成り立つためには、そもそも本が立ち読み可能な状態で店に並んでいる必要があるし、そういう店が商売として成り立っている必要があるし、そういう店がある程度全国規模で存在する必要がある。そうした条件がいつどのようにして整えられたのか。また、本が店に並んでいるだけではなく、読む側が立ち読みできる程度の識字力が必要であるし、立ち読みという言葉が広まるためには、そういう行為をする人間が一定数、全国レベルで存在している必要がある。そうした条件がいつ、どうやって整えられていったのか、そうした一連の問いに対する答えを探しつつ、その起源をたどる様子は面白く読むことができた。そうした起源がたどれる程度に各種文献や資料が残されているというのもやや驚いた。まあ、これは探し当てた著者が凄いということなのだろう。そうした答えを探る中で、勝海舟宮武外骨といった、それなりに有名な人間が残した内容が出てきたり、時折接する「物の本」という表現が出てくるのにも、その原義は知らなったので、ちょっと感動した。

 

また、こうした読書史に興味を持つ読者向けに、巻末に読書案内があって、入手困難な書籍については現物の代替物へのアクセスルートの紹介まで含めて掲載されているのも、図書館員(しかも国会図書館員)でレファレンス業務をされていた経験のある著者らしいという見方もできるかもしれない。

 

他方で、本書は最後の方で、こうした営為が終わりを迎えつつあることも示している。個人的にはこうした傾向には可能な限り抗いたいと思うが、蟷螂の斧でしかないのも事実であろう。せめて、可能な限りは*1、そうした営為を堪能し続けたいと思う。

 

 

*1:こちら側の肉体の限界という要素もあるので、いつまでかは正直よくわからない。神のみぞ知る、というところかもしれない。




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