呟いたことを基に益体もないメモ。
契約書の文言について、文言自体から読めるリスクが、その契約書に化体している実際の取引において、正味どの程度の危険をもたらし得るのかということをしっかり考えるのは、大事なことと思う。もちろん、貫徹するのは言うほど簡単ではないが*1。
文字面だけから見て不利に見えることを、リスクとして認識することは、必要なことだし、見落とす方がよっぽどマズいのは間違いない。とはいえ、そこで止まっていてはビジネスは進まない。交渉して改善に向かえばよいが、常にそうなるとはかぎらないし、仮に多少改善したとしてもリスクがゼロになることは、あまり考えられない。リスクを取ってこそのビジネスなのだろう。
そうなると、契約交渉の末に、最後に残ったリスクについて、受け入れられるか、仮に受け入れられるとしたらそれはなぜか、ということを考える必要が出てくることがある。根拠もなく、受け入れられるだろうと思って受け入れたものの、発言したリスクが対応能力を超えていたら、最悪企業が倒産することもあり得る。企業は、極論すれば倒産するための存在であるとはいえ、企業内法務では、何らかの根拠なしにリスクを取ることは唱道しづらいし、すべきでもないだろう。後から見て、推論が間違っていたとしても、何らかの推論により、想定されるリスクが受け入れ可能であるとしたうえで、リスクを取る意思決定をする必要が生じることもあろう。そしてその推論に基づく意思決定が経営判断として正当化可能なものであることが必要だろう。
その際の推論の仕方としてはどういうものがあるだろうか。内在するリスクの発現する確率が、経験的に低いとか、発現しても想定される損害額が少ないとか、発現しても別の手段で対応可能(保険でカバーはその一例か)とかいうのは、比較的容易に思いつく推論の仕方ではなかろうか*2。
そういう推論を観測可能な事実に基づき行ったうえで、意思決定に結び付けることができるようになることは、重要ではないかと考える。そういう、本件では正味のリスクはどうなのか、という吟味ができるようになるには、事業それ自体や取引される商品役務の特性、自社の立ち位置(業界内での位置やサプライチェーン上での位置等)、自社と相手との関係などについての知識や理解が重要になると思われる*3。経験を重ねる中でこの種の能力を培うことが可能なのではないかと思うが、センスのようなものもあるような気がする。
こうした点は、企業内にいる方が、企業の外にいる方々よりも、相対的に理解し易いことが多いかもしれない。契約書の文字面から判断するのは最近はAIとやらで分析することも可能だが、そういう文面に書かれていない、文字情報になっているかもしれないが、どうやって学習してよいのかわかりづらい情報に基づく判断をする能力は、AIとやらで比較的代替されにくいのではなかろうか。