つい、綾小路きみまろ氏のことを思い出すのだが、1995.1.17から30年である。
25年の時に書いたエントリをみると、今思うことと大して変わっていないような気もする。個人的には30年ともなると遠い昔だし、現地から遠いところにいることも相まって記憶は風化している。風化するのも個人レベルでは大事なのではないかとも思う。
改めて思うのは、かの災害から何を学び何をその後に活かせたのか、東日本大震災や能登の震災ではどうだったのかというところが気にならないでもない。個人的な非難とは別の総括(赤軍派のアレではない)が必要だったのではないか、その辺りがあいまいなままだから進歩がないのではなかろうか、という気もする。