何のことやら。脳裏をこちらの曲がよぎるのは、世代的に仕方ないかと。
脊髄反射的なエントリを書いたところ、萌渋スペースでお世話になってる経文緯武先輩から擬古文でいくつかコメントをいただいた。順不同で、いくつかのお返事を返してみたい。こちらの国語力不足ゆえに誤解があればご指摘ください(>擬古文先輩)。結果的にいままでこちらがうだうだ言っていることの繰り返しが多いが、その点は御容赦いただきたい。
- 法務右筆論、という点でいうと、これまたよくある議論である、企業内法務にとっての「依頼者」は誰か、という議論と同様なのではないかと思うし、それは結局その企業全体、ということになって、特定の事業部門ではない、ということだろう。つまり、第一義的には目の前にある事業部門ではあるけれども、それは全社の利益と整合することが前提にあり、その前提を充足しない時には、事業部門の依頼に反することも必要になることもあり得る(常にそうすべきという意味にではないが。)、ということになるのではないかと。
- 契約書を読まないと不平を述べるにしても、不利にならない契約については、心配をしなくてもよいのではないかというご指摘もいただいたが*1、不利にならないと当初考えたとしても、時の変化、状況の変化で変わり得るし、どう変化するのか、読み切れないのではなかろうか。もちろん、変化するにしても最悪値を見切って、最悪値を受け入れると肚をくくれれば、それはそれであり得るのかもしれない*2。
- 管理部門でない現場に契約審査をできる人を配置する、というアイデアもお示しいただいたが、これについても、その配置された人に対する人事権のあり様次第では機能しない可能性があると思われる*3。
- 契約を企業内法務の審査に付す・付さないについて、峻別が必要、そうしないとなんでもかんでも審査に回ってきて企業内法務担当者が疲弊するというご指摘も、納得する部分がある一方で、峻別の基準作りも容易ではないうえ、恣意的な解釈をされる危険もゼロではないので、その辺りにどう対応するのかは、悩むところではないかと思う。内部監査あたりとの協業は、状況次第では、一案足りうるかもしれない。
- 審査を人工知能が代替する「夢」という表現は、こっそりと一番鋭いご指摘ではないかと思うが、審査で求める基準が下がることにより実現するのではなかろうか、という気もする。
- 経営者の判断で、事業部門の担当者に契約周りの判断を一任する(責任を負う前提かどうかはさておき)というのも、経営層が如何なる判断基準で考えるか次第では危険は残る気がする。「おべっか使い」に如何なる能力があるか、という話になるのかもしれないが。もちろん、そこは経営層の能力の問題、と割り切る大人の対応もあり得るだろうが*4、そのツケが回ってくる可能性がある立場だとすれば、そう割り切ってばかりもいられないような気もする。企業内法務に咎を押し付けるという手合いが出るのも想像可能で、一定程度自衛措置は必要だろう。