カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2025)
はじめに
COVID-19 パンデミックが起こってから、特に非薬理学的介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)が解除された以降、あらゆる感染症が(しかも顕著に)流行するようにった印象を受けます。この冬の日本では、季節性インフルエンザがこの 10 年で最大の流行になろうとしています。COVID-19 も流行っており、いわゆるツインデミックの様相を呈しています。
これらの流行の要因として、免疫負債という俗説で語られることもありますが、これに対する十分な科学的根拠は示されていません(⇨感染症流行に際して免疫負債論を考える)。むしろ、上記のように、感染対策がユルユルになったことが大きく影響しているでしょう。
他方で、COVID-19 罹患自体が、それが特に重症な場合、免疫系に長期的な悪影響を及ぼすということも指摘されてきました [1]。COVID-19 に罹った子どもは、そうでない子どもよりもその後 RSV に感染しやすくなることも報告されています [2]。感染が引き起こす、いわゆる「免疫低下」で、さらに感染症にかかりやすくなる可能性があるのでは?という推測ができます。言い換えれば、免疫崩壊のパンデミックに突入して可能性があるのです。
昨年、著名な医学系学術誌の一つである Allergy(IF = 12.6 [2023])に、COVID-19 が免疫系に長期的な変化をもたらすという研究論文が掲載されました [3](下図)。 たとえ COVID-19 が軽症であっても、自然免疫細胞と適応免疫細胞の長期的な減少をもたらすことを明らかにしています。

今までの数々の状況証拠の上で指摘されてきた「COVID-19による長期的な免疫系へのダメージ」という仮説が、いよいよ真実味を帯びてきました。SARS-CoV-2 感染の長期的な影響(長期コロナ症 [long COVID])をよりよく理解することにも役立つと思われます。
1. 研究の概要ーCOVID-19 罹患がもたらす免疫系の変化
今回の研究成果は、ウィーン医科大学(MedUni VIenna)病態生理学・感染症学・免疫学センターを中心とする共同研究チームによって発表されました。ウイーン医科大学はオーストリア国内で最も大きくて伝統のある医学系大学です。
研究チームは、COVID-19 から回復した 133 人の被験者と非感染の 98 人の被験者を対象として、関連する免疫パラメータを調べました。すなわち、初感染から 10 週間後と回復した 10 ヵ月後の患者において、末梢血免疫細胞をマルチパラメトリックフローサイトメトリーで分析し、細胞増殖の調節に決定的な役割を果たす血清サイトカインと増殖因子をマルチプレックス技術で調べました。スパイクタンパク(S)、受容体結合ドメイン(RBD)、ヌクレオカプシド蛋白(NC)に特異的な抗体を測定し、すべてのパラメータを、マッチさせた非感染対照群と比較しました。
ここで重要なことは、対象とした被験者の罹患時期です。2020 年 5 月から 8 月までの感染者ということになっていますので、初期の SARS-CoV-2 変異体の感染であること、2020 年の観察期間中、COVID-19 ワクチン接種プログラムは始まっていませんので、被験者全員がワクチン未接種のままであったということです。つまり、研究チームは、ワクチンの影響を受けずに SARS-CoV-2 初期変異体感染の長期的影響を調査することができたということです。
分析の結果、感染から回復期の患者は、明らかな免疫活性化の徴候を示しました。全血フローサイトメトリー解析により、対照群と比較して、T、B、NK 細胞、特に CD3+ CD45RA+ CD62L+ CD31+ の胸腺遊走 T 細胞、および非クラススイッチ CD19+ IgD+ CD27+ メモリー B 細胞を含む顆粒球、単球、リンパ球の絶対数が減少していました。
これらの細胞の変化は、Th1 から Th2 優位の血清サイトカインパターンの逆転と関連していました。また、NC- および S- 特異的抗体レベルは著しく低下しており、若年(10.3歳まで、p < 0.01)およびCD3– CD56+ NK およびCD19+ CD27+ B メモリー細胞の減少と関連していました。さらに、エフェクターおよび Treg 数の正常化、RTE の減少、中心記憶 T 細胞数の増加など、10 ヶ月後における T 細胞サブセットの変化は、抗体の減少パターンとは無関係でした。
結論として、COVID-19 は自然免疫細胞と適応免疫細胞の長期的な減少を引き起こすこと、そして、Th2 血清サイトカインプロフィールと関連していることがわかりました。今回の結果は、COVID-19 後の長期にわたる関連症状(長期コロナ症、long COVID)の免疫学的メカニズムを理解すのに有用かもしれません。
2. 解釈と波及効果
この研究は、SARS-CoV-2 の再感染がなく、ワクチン接種を受けていない前述の患者において、免疫パラメーターの追跡調査を行うことができたという点で非常にユニークです。すなわち、武漢変異体感染に限定されますが、ヒトの免疫系に対する 1 回の SARS-CoV-2 感染の長期的な影響を純粋に調べることができたわけです。
上記のように、単回感染から 10 時間後と 10 ヵ月後に測定した免疫パラメータを比較したところ、2 つの時点で顕著な違いがみられました。COVID-19 罹患の 10 週後、患者の循環好中球は、非感染対照群と比べて有意に少ないものでしたが、細胞傷害性 CD8+ T細胞は非感染対照群と比べて、HLA-DR と CD38 の発現レベルが高いことからわかるように、強く活性化されていました。
また、血液中のサイトカインと成長因子は、急性炎症過程の名残を示す典型的なものでした。さらに、COVID-19 の発病から 10 ヵ月後に得られた患者サンプルとの比較から、研究者たちは予想外の結果を見ることになりました。軽度の病勢進行後でさえ、血液中の免疫細胞は著しく減少していたのです。
すなわち、10 ヵ月後の免疫パラメータの解析において、CD3+ CD4+ および CD3+ CD8+ エフェクターメモリー細胞、移行型B細胞、形質芽細胞の活性化と拡大の代わりに、T 細胞と B 細胞を含む適応免疫細胞の著しい減少が見られました。好中球、単球、NK 細胞の減少とともに、1 回の SARS-CoV-2 感染でも自然免疫系と適応免疫系の細胞に長期にわたる影響を与える可能性があるということです。これは、COVID-19 の回復期の被験者の免疫系が、新たな試練に対して最適な反応を示さなくなったことを意味します。
すべての白血球系譜は骨髄の多能性 CD34+ 造血幹細胞(HSC)に由来することから、このような幹細胞が SARS-CoV-2 に感染したことで長期的な細胞減少につながったのではないかという推測ができます。CD34+ 造血幹細胞が mRNA およびタンパク質レベルで SARS-CoV-2の受容体である ACE2 を発現し、ACE2 酵素活性を示すことは、以前に示されています。
このように、COVID-19 の長期的な影響は、感染自体と、その結果生じる免疫細胞の中心的産生部位である骨髄の機能の長期的障害によって引き起こされているようです。SARS-CoV-2 感染が、細胞性免疫系の損傷や骨髄からの免疫細胞の排出減少に関連している可能性を説明するものです。この仮説は、長期コロナ症の根底にあるメカニズムをより深く理解するためのさらなる研究の基礎となるものです。
この研究にも限界があります。一つは、SARS-CoV-2 感染時の経過が軽症で、自宅療養が可能であった患者を対象としているため、COVID-19 の重症度が免疫パラメータの変化とどのように関連しているかについては結論を出すことができていません。重要なことは、研究対象者が報告した症状は主観的なものであり、観察期間中に出現したCOVID-19 後症候群について患者を調査する可能性がなかったことです。
もう一つの限界は、患者サンプルの収集と解析が SARS-CoV-2 感染の第一波の間に行われたことです。したがって、ここでは最初のパンデミックウイルス変異体、すなわち武漢Hu-1による感染の影響についてのみに言えることかもしれません。
おわりに
ウイーン医科大学の研究結果 [3] は、いくつかの限界があるものの、SARS-CoV-2 感染が長期的に自然免疫と適応免疫系を変化させることで、様々な症状を呈したり、感染症に脆弱になることを示唆しています。SARS-CoV-2 の感染を繰り返すと、長期コロナ症になりやすいことはすでに報告されていますが [4]、これを一部説明する材料にもなるでしょう。
SARS-CoV-2 に感染すると、長期的に免疫系に変化が起こる(いわゆる免疫がやられる)ことは、免疫窃盗(iimunity theft)という言葉でも形容されています [5]。このウイルスに感染した人は、他の感染症にかかりやすくなるという説を説明するために使われていますが、免疫負債と同様に、医学用語ではないことには注意が必要です。
よく言われることとして「感染症に罹って免疫を鍛える」というのがありますが(特にこの言説は、免疫負債説とともに日本の医者に多い)、最近の情報に照らし合わせてみれば、これがいかに危険なことであるかがわかります。COVID-19 も含めて、感染症はできる限り罹ってはいけないのです。
COVID による免疫系への長期的なダメージを防ぐためには、マスク着用、換気などの NPI 戦略の実施とともに、適宜ワクチン・ブースター接種を実施する必要があるという意見があります [6]。NPI 的公衆衛生戦略が有効なことは論を待たないですが、mRNA テクノロジーベースのブースター推奨は、個人的には慎重であるべきと考えます。
引用文献
[1] Cheong, J.-G. Et al.: Epigenetic memory of coronavirus infection in innate immune cells and their progenitors. Cell 186, 3882–3902 (2023). https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(23)00796-1
[2] Wang, L. et al.: Association of COVID-19 with respiratory syncytial virus (RSV) infections in children aged 0–5 years in the USA in 2022: a multicentre retrospective cohort study: Fam. Med. Community Health 11, e002456 (2023). https://fmch.bmj.com/content/11/4/e002456
[3] Kratzer, B. et al.: Differential decline of SARS-CoV-2-specific antibody levels, innate and adaptive immune cells, and shift of Th1/inflammatory to Th2 serum cytokine levels long after first COVID-19. Allergy 79, 2482-2501 (2024). https://doi.org/10.1111/all.16210
[4] Huang, S. et al.: Experiences of Canadians with long-term symptoms following COVID-19. Insights on Canadian Society Catalogue no. 75-006-X, December 8, 2023. https://www150.statcan.gc.ca/n1/pub/75-006-x/2023001/article/00015-eng.htm
[5] Rubin, R.: From “Immunity Debt” to “Immunity Theft”—How COVID-19 might be tied to recent respiratory disease surges. JAMA. 331, 378-381 (2024). https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2814028
[6] Kavanagh, K.: COVID-19: Study suggests long-term damage to immune system. Infection Control Today. March 21, 2023. https://www.infectioncontroltoday.com/view/covid-19-study-suggests-long-term-damage-immune-system
引用したブログ記事
2023.10.21 感染症流行に際して免疫負債論を考える
カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2025)