カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)
はじめに
COVID-19 パンデミックは、世界中で多くの人の罹患死をもたらしてきました。今年の 4 月までで約 7 億人に相当する感染例が記録され、約 7 百万人が死亡しています。全体で見れば、致死率約 1 %に相当します(図1)。
図1. COVID-19の感染事例数、死者数、および回復者数(worldometr COVID-19 CORONAVIRUS PANDEMIC [2024.04.13更新] より転載).
パンデミックが始まって 1 年後には早くもワクチン接種プログラムが始まりました。mRNA ワクチン、アデノウイルスベクター(cDNA)ワクチンなどの COVID-19 ワクチンが、発症、重症化、死亡の防止に大きく貢献したことは疑いのないところです。特に高齢者の重症化・死亡の抑制には有効でした。
それでは、このようなワクチン接種プログラムの実施で、どのくらいの人の命が救われたのでしょうか。ワクチン接種を行わなかった場合の対照のデータは存在しないので、計算による推定に頼るしかないわけですが、これを行った結果が 2 年前に報告されました。英インペリアル・カレッジ・ロンドンのワトソン(Oliver J. Waton)らの論文で、ランセット系の学術誌の一つに掲載されています [1](下図)。

この論文が発表されてすぐに各メディアもこの研究を取り上げ、「世界で 2 千万人の命を救った」という、センセーショナルな言葉でワクチンの効果と意義を賞賛していました [2, 3]。このブログ記事では、ワトソンらの研究の概要を紹介するとともに、限界と問題点も述べたいと思います。
ここで、あらためてこの論文を取り上げる理由の一つは、ややもすると COVID mRNA ワクチンの効果が過大に述べられることで、今なお不明である安全性に関する課題がかき消されるリスクがあることです。このワクチンのリスク・ベネフィット比で、今なおベネフィットが上回ることは言えますが、リスクがないことにはなりません。
もう一つの理由は、やはり医学・疫学・公衆衛生学分野の研究の「科学から離れた手法」による結論が権威付けされる構造的問題があり、それがメディアなどに取り上げられることで真実になってしまうリスクです。ここで言えば、「ワクチンが 2 千万人の命を救った」というのがそれですが、果たして本当でしょうか?
1. 研究の概要と解釈
2020 年 12 月 8 日、臨床試験外で最初の COVID-19 ワクチンが投与されました。世界的なワクチンの公平性を確保するため、COVID-19 Vaccines Global Access(COVAX)ファシリティと世界保健機関(WHO)によってワクチン目標が設定されました。しかし、ワクチン不足のため、これらの目標は 2021 年末までに達成されませんでした。
ワトソンらの研究は、COVAX ファシリティと WHO が設定した世界のワクチン接種率目標に基づき、ワクチン接種を開始した最初の 1 年間のワクチン接種プログラムが世界に及ぼした影響を数理モデルで定量化したものです。パンデミックの 2 年目のデータという、オミクロン流行前の推定値というところに注意が必要です。
COVID-19 の死亡率に対するワクチン接種プログラムの影響を直接測定することは、反事実(つまりワクチン接種なし)を観察することができないため不可能です。代わりに、数理モデルは、流行動態に対するワクチン接種キャンペーンの影響を定量化するための貴重なツールになります。
研究チームは、COVID-19 の伝播・流行とワクチン接種に関する数理モデルを、185 の国と地域で報告された COVID-19 による死亡率と全死因超過死亡率に個別に当てはめました。COVID-19 ワクチン接種プログラムの影響は、ワクチンが配布されなかった場合に失われたであろう追加死亡数を推定することによって決定しました。また、2021 年末までに COVAX が設定した 20%、WHO が設定した 40% のワクチン接種率目標が達成されていれば、回避できたであろう追加死亡数も推定しました。
このモデル解析による推定は、公式に報告された COVID-19 による死亡に基づき、2020 年 12 月 8 日から 2021 年 12 月 8 日までの間の、185 の国と地域について行われました。その結果、ワクチン接種によるCOVID-19 死亡回避は、1,400万~400万人になると推定されました。
さらに、パンデミックの真の範囲の推定値として過剰死亡を用いると、COVID-19 死亡を 1,900 万~800 万人回避することになりました。この結果は、COVID-19 ワクチン接種の初年度に世界全体で死亡が 63%(3,100万~400万人のうち1,900万~800万人)減少したことを示します。
COVAX アドバンスマーケットコミットメント実施国では、超過死亡の 41%(1,700万~900 万人の死亡のうち 700 万~ 400 万人[95%CrI 6-8-7-7])が回避されたと推定されました。低所得国では、COVAX が設定した接種率 20% の目標を各国が達成していれば、さらに 45%(95%CrI 42-49)の死亡が回避できたと推定され、WHO が設定した 40% の目標を 2021 年末までに各国が達成していれば、さらに 111%(105-118)の死亡が回避できたと推定されました。
以上のように、COVID-19 ワクチン接種の初年度の影響を評価した結果、ワクチン接種によって COVID-19 による世界の潜在的な死亡者数が半減したことが推定され、さらに、超過死亡率の推定値に基づくと、ワクチン接種で回避された死亡者数は推定 1,900 万~ 800 万人になりました。これらの削減は、パンデミックの新たな段階に移行する際に介入を緩和し、SARS-CoV-2 感染の拡大を許したワクチン接種プログラムに依存していた高所得国に集中していました。
ワクチン効果の推定値は、選択した反事実シナリオに大きく依存します。研究チームの反実仮想では、モデルフィッティングで推定したのと同じ時変レベルの SARS-CoV-2 感染を仮定しています。その結果、これまでで最も多くのワクチン接種を実施し、同時に非薬理学的介入(NPI)を緩和して SARS-CoV-2 の伝播を増加させた国で、最大の影響が観察されました。
一方で、ワクチン接種の展開が遅かったいくつかの国や、ゼロコロナ戦略を採用した国では、感染を抑制するためにより強力な NPI が維持され、その結果、ワクチン接種プログラムの影響はより小さく観察されました。このような国々が、緩和と活動再開を始めると、SARS-CoV-2 の感染レベルの増加に伴い、ワクチンインパクトの推定値も増加すると予測されます。
2. 研究の限界性
この研究には様々な限界があることは、著者自身が述べています。その限界性の多くは、実データの欠落のために、モデルに様々な仮定を導入していることであり、この限界に留意する必要があります。
SARS-CoV-2 のゲノムサーベイランスには世界的な格差があり、大半の国では詳細なワクチン接種データがないことが障害となりました。そのため、研究チームは、主要なモデル入力は、どのワクチンがどのように接種されたか、また、懸念される新変異体がいつ世界中に広まったかに関する作業仮定を作成しています。また、年齢の影響はなしと仮定しています。
また、問題なのが超過死亡に基づく分析です。モデルに基づく超過死亡率の推定値には不確実性が内在しているため、インパクトの推定値には限界があります。超過死亡に関して、多くの国で COVID-19 による死亡者数を過大評価または過小評価している可能性が高く、ここから導きだされる値には当然バイアスがあることは著者らも言及しています。
さらに、この研究では、感染予防効果があるという前提でモデルが組み立てられていますが、インパクトの推定値は、懸念される各変異体が示す免疫逃避の想定程度に左右されます。もし、免疫の逃避が研究チームの想定よりも高ければ、再感染を受けやすい人口が増え、その結果、COVID-19 による死亡をワクチン接種によって回避できた可能性が高くなります。
結論として、著者らが注釈をつけているように、この研究の推定値は、ワクチン影響の推定に内在するかなりの不確実性に照らして考慮されるべきということです。パンデミックの真の死者数、VOC とその免疫学的表現型、および多くの国で接種されたワクチンそのものが不確実であるため、COVID-19 ワクチンの影響に関する正確な推定値を導き出すことは、実際困難であるということです。
とはいえ、この分析結果は、COVID-19 ワクチン接種の正の影響を包括的に評価するものであり、ワクチン接種の最初の 1 年間に救われたと思われる数百万人の命を明らかにしたというのが著者らの見解です。そして、もしワクチンが世界の多くの地域にもっと迅速に配布され、世界中でワクチン接種が強化されていれば、もっと多くの命を救うことができたはずであると付け加えています。
3. 回避推定は妥当か?
上記の ワトソンらのワクチンの死亡防止の推定には、すでに述べたように、使ったモデルに多くの仮定が導入されています。したがって、バイアスがバイアスを生じるリスクがあり、死亡抑制の推定値を過大評価(あるいは過小評価)している可能性もあることは、著者らが述べているとおりです。
理工学分野では、モデルに合わせたシミュレーションの正しさは、実データに照らし合わせて初めて評価されるのが普通ですが、公衆衛生・疫学の分野では、それが不可能です。今回の研究で言えば、もしワクチンがなかったら起こりえたことが実データとしてないために、それを対照とする評価ができないのです。
ワトソンらのモデルにおける仮定でもっとも影響が大きいのが、ワクチンの感染防止効果を大きく考慮していることです。彼らは、もしワクチンがなかったら感染が実データ以上に広がったという前提で計算をしています。果たしてこれは妥当なのでしょうか。
COVID mRNA ワクチンを筋肉注射した場合、作られる抗体の種類は主に IgG です。IgG は血中に存在する抗体ですので、血中に入ったウイルスを中和することができますが、呼吸器系ウイルスが咽頭や鼻腔の粘膜面に付着して粘膜面の細胞から侵入する(すなわち感染する)ことには、効き目は弱いです。
粘膜面で防御の役目を果たすのは、喉、気管支、腸などに多い IgA 型の抗体です。しかし、IgA 抗体は筋肉注射ではほとんど作られません。したがって、COVID ワクチンを注射しても、一般に SARS-CoV-2 の感染自体は成立してしまうことが多く、咽頭や鼻腔でウイルスが一定程度増殖することが考えられます。
ウイルスが鼻咽腔で増殖して肺まで侵入すると、ここは血流が豊富な臓器なのでの IgG 抗体が有効に働きます。ウイルスは中和され、肺炎を引き起こすなどの重症化を防止することができます。つまり、mRNA ワクチンは、重症化しないように守ることや感染能力を低下させることはできても、感染自体を防ぐことはできないと考えられます。
実際、COVID-19 mRNA ワクチンによるスパイク抗原特異的 IgG および IgA の誘導は、そのレベルと持続性に顕著な違いがあることが示されています。例えば、Wisnewski ら[4] は、ワクチン接種で誘導される IgG レベルは 100 日以上維持されるのに対し、IgA は誘発されるものの、そのレベルは急速に低下することを報告しています。Tang ら [5]は、幼児における筋肉内ワクチンでは、鼻腔粘膜に特異的 IgG が誘導されるけれども、粘膜 IgA を生成する能力は限られていることを報告しています。
したがって、ワトソンらのモデルに基けば、感染者数(予防できた)を過大に見積り、その結果、避けられた死亡数を過大に導くリスクがあります。然るに、冒頭の図1 に示したように、ワクチン接種前後の感染者数と死者数の実データは存在するので、それらを踏まえたアプローチもできるのです。そこで私は、もっと単純に(少々乱暴ですが)、ワクチン接種前と接種後の COVID-19 の致死率の変化(実データ)に基づいて、ワクチンの死亡抑制の貢献度を評価することを考えました。
つまり、もしワクチン免疫がなかったら、COVID-19 は当初の致死率で死者数を増やしたはずと想定し、その致死率に基づく予測死者数とワクチン接種後の実際の死者数との差から回避度を算出できると考えました。ここで、自然感染による免疫は無視し、全てワクチン免疫によるものとします。
ワクチン接種は 2020 年 12 月から始まり、2021 年に入って世界的に普及しました。そこで、ワクチン免疫が獲得されていないと考えられる 2021 年 1 月 1 日までの感染例数 8,495 万件と死者数 199 万人から致死率を算出すると、2.34% になりました。
世界的にワクチン免疫がいつから貢献するようになったかを正確に推定することは難しいですが、仮に Our World in Data にある"High income"の国におけるワクチン達成率 50% (2021 年 8 月末)を基準とすると、それ以降の累積感染数(2024年4月まで)は 4.84 億件であり、致死率がそのままであったとすると予測死者数は 1,130 万人になります。一方、この期間(約 2.7 年)の実際の死者数は 240 万人(致死率 0.5%)でした。つまり、ワクチンによって約 890 万人(約 330 万人/年)の命が救われたと推定することができます。
この数字(330 万人/年)は、ワトソンらが導き出した推定回避数 1,400 万~ 400 万人/年の下限値を下回る数字で、中央値からは大きく外れます。また、彼らが超過死亡から推定した回避数 1,900 万~ 800 万人/年と比べると、差はもっと大きくなります。
日本の場合を同様の致死率 2.34% に基づいて計算すると、ワクチンなしで 2021 年 9 月以降(2024 年 4 月まで) 75.6 万人が死亡したことになりますが、実際の死者数は 5.87 万人で、回避数は約 70 万人(26 万人/年)になります。
京都大学の西浦博教授のグループ(Kayano ら [6])は、ワクチンの接種がなければ、2021 年 2 月から 11 月の感染者数と死亡者数は 6,330 万人、36 万人に達した可能性(致死率 0.6%)があると述べていますが、これは回避数 43 万人/年に相当します。
なぜこのような乖離が起こるかというと、繰り返しますが、ワトソンらの研究も西浦グループらの研究も、もしワクチンがなかったらもっと感染者数が増え、その分死者数が増えていた、だけどワクチンがあったからそれは回避できたという理屈になっているからです。
私の計算の場合、単純に記録された感染者数と死者数、ワクチン接種前の致死率に基づいているので、回避できた死者数は、ワトソンらの報告の 17%、西浦グループの 60% にしかなりません。もちろん、これはウイルスの病毒性が変わらなかったという前提に立った話です。
おわりに
繰り返しますが、理工学分野のシミュレーションは、実データで検証されて初めてモデルの正しさが証明されます(科学として成立する)。しかし、疫学や公衆衛生分のそれは予測モデルを除いて実際不可能であり、科学の手法を利用した統計推定の域を出ないものです。今回の COVID ワクチンが 1 年で 2 千万人の命を救ったというのも、あくまでも推定上の話で、計算に使ったモデルの正しさは検証されてはいないのです(検証は不可能)。
医学・疫学・公衆衛生学は、後ろ向きのシミュレーション(今回のケース)やランダム化比較試験が通用する分野なので、それだけで論文としては採択されます。しかし、報告された結果の科学的検証はほぼ不可能ということを認識しておかないと、過大評価される、あるいはバイアスを伴った評価がなされるリスクが常にあります。今回も、研究の限界性は考慮せずに「ワクチンが 2 千万人の命を救った」という言葉だけが、メディア報道や SNS 上で一人歩きしている嫌いがあります。
ワクチン接種プログラム実施以降の COVID-19 による死者数は大幅に減り、致死率も大きく低下しているので、ワクチンがこれらに貢献していることは間違いないところです。一方で、この影で、少なからずワクチン接種後死亡例が発生していることも、それが、インフルエンザワクチンなどの他のワクチンと比べてきわめて多いことも事実です。
2023 年当初に出された AP News の記事は、米国で COVID ワクチン接種後死亡が 16,000 人に上ったこと、それに対して米 CDC が因果関係があるとした死亡が 9 名しかないことを伝えました [7]。日本でもワクチン接種後死亡は数千人に及んでいますが、2023年までに因果関係が認められたのは60人に過ぎません [8]。
COVID ワクチンについては、ベネフィットについては過大評価され、リスクについては過小評価されるという傾向が、顕著に見られるように思います。それをまた物語っているのが「COVID-19 ワクチンが2千万人の命を救った」という言説だったと思います。
引用文献
[1] Watson, O. J. et al.: Global impact of the first year of COVID-19 vaccination: a mathematical modelling study. Lancet Infec. Dis. 22, 1293–1302 (2022). https://doi.org/10.1016/S1473-3099(22)00320-6
[2] Paton, J.: 新型コロナワクチン、接種導入後1年で推定2000万人の命救う-調査. Bloomberg 2022.06.24. https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-06-24/RDYFE1T1UM0W01
[3] 野口憲太: コロナワクチン「救った命は1980万人」英チーム推計 恩恵に格差. 朝日新聞デジタル. 2022.06.28. https://digital.asahi.com/articles/ASQ6W5TL1Q6SUTFL023.html
[4] Wisnewski, A. V. et al.: Human IgG and IgA responses to COVID-19 mRNA vaccines. PLoS One Published: June 16, 2021. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0249499
[5] Tang, Y. et al.: COVID-19 mRNA vaccines induce robust levels of IgG but limited amounts of IgA within the oronasopharynx of young children. J. Infect. Dis. jiae450 (2024). https://doi.org/10.1093/infdis/jiae450
[6] Kayano, T. et al: Evaluating the COVID-19 vaccination program in Japan, 2021 using the counterfactual reproduction number. Sci. Rep. 13, 17762 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-44942-6
[7] Golden, M.: Posts mischaracterize CDC data on COVID-19 vaccine deaths. AP News. January, 12, 2023. https://apnews.com/article/fact-check-cdc-covid-vaccine-deaths-910677348223
[8] 日本経済新聞: コロナ死者4年で10万人超、ワクチン死因も集計 厚労省. 2024.06.05. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE059G10V00C24A6000000/
カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)