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病原体は大気上空を長距離移動する

カテゴリー:微生物の話

はじめに

一般にはよく知られていませんが、大気中には大量の微生物やウイルスが存在しており、6 年前のブログ記事(→空から大量のウイルスや微生物が降ってくる)でも紹介しました。微生物生態学分野の関心事として、大気中に多数の微生物やウイルスが存在するというなら、果たしてそれらは生きているのか、そしてどのような生態学的意義や公衆衛生上の意味があるのかということがあります。

大気バイオエアロゾル中における生存可能なヒト病原体の存在や、感染症を引き起こすなど人の健康に影響を及ぼす可能性については推測することはできるものの、これまでほとんど研究されてきませんでした。今回、この疑問に一部答えるような対流圏調査による微生物生態研究の結果が、9 月 9 日付の PNAS 誌に掲載されました [1](下図)

この研究では、北東アジアの大規模な穀物作付地で覆われた地域からの強風によって、最大 2,000 kmの距離にわたって惑星境界層上空に飛散する、高さ 3,000 m までの膨大な種類の微生物が存在することを確認されています。大陸の下水、農薬、肥料に由来する潜在的なヒト病原体を含む多様な微生物が、バイオエアロゾルとして、日本上空に飛来している状況が示されています。

日本の研究者は、この論文に対するコメントを同誌に寄せています [2]

1. 研究の概要

研究を行ったのはスペインと日本の共同研究チームで、論文の筆頭著者はザビエル・ロドー(Xavier Rodó)博士です。彼は、バルセロナ地球健康研究所の気候・健康グループを率いる研究教授であり、計算生態学者です。

研究のきっかけとして、彼らは、川崎病の発生と大気の流れとの関係を想定しました。すなわち、中国北東部の大規模な穀物作付地で覆われた地域からの強風と関連して川崎病が発生するのではないかと考え、セスナ機で日本上空のエアロゾルを採取し、微生物学的に分析しました。川崎病は、日本人など東アジア系人種の 4 歳以下の乳幼児にみられ、発熱・目の充血・口唇の発赤・発疹・手足の変化・リンパ節の腫れなどの症状が特徴の原因不明の病気です。

研究チームは、2014年、日本上空で 10 回のサンプリング飛行を行いました。採取したエアロゾル試料から DNA を抽出してメタゲノム解析(16S rRNA 遺伝子と ITS 領域のアンプリコン解析)を行ない、それぞれ細菌とカビの系統学的帰属を決定しました。その結果、305 の細菌属および 266 の真菌属を同定しました。微生物多様性について推定したところ、高地からの空気の巻き込みが発生した場合、大気中と地表でほとんど変わりはありませんでした。

細菌の高次分類群では、放線菌門、バチルス門、プロテオバクテリア(シュードモナス)門、バクテロイデス門が圧倒的に多く存在していました。ヒトの病気に関連する菌種としては、Escherichia coli,、Serratia marcescens, Prevotella melaninogenica, Staphylococcus epidermidis,、Staphylococcus haemolyticus,、Staphylococcus saprophyticusCutibacterium acnesClostridium difficileClostridium botulinumStenotrophomonas maltophiliaShigella sonneiHaemophillus parainfluenzaeAcinetobacter baumannii などが同定されました。

一方、真菌では子嚢菌門が担子菌門を圧倒していました。 ヒトの健康に関わる菌種として、Malassezia restrictaMalassezia globosaCandida parapsilosisCandida zeylanoidesSarocladium kilienseCladosporium halotoleransCladosporium herbarum が検出されました。

さらに、研究チームは、バイオエアロゾル試料を接種源として培養・分離を試みたところ、抗生物質耐性菌が検出されました。この結果より、生存可能なヒト病原体と抗菌剤耐性遺伝子の両方が、地理的に離れた地域間に拡散していることが示唆されました。

2. 研究の意義と解釈

今回の研究結果はウェブ記事でも紹介されています [3]。その記事で、著者らの見解が示されています。ロドー博士は、「惑星境界層のはるか上空で、前例のない多様な微生物分類群が検出された。こんなものが見つかるとは思ってもいなかった」と、自分の気持ちを素直に述べています。

注意しなければならないことは、大気中から検出されたすべての微生物が有害というわけではありません。使われた技法は基本的にメタゲノム解析であり、塩基配列上の系統学的帰属が行われたに過ぎません。しかし、注目すべきは、検出されたアンプリコンの 3 分の 1 以上が、適切な曝露状況下でヒトの病気を引き起こすことが知られている病原体に帰属できたことです。

そして、バイオエアロゾル試料から寒天培地の上でコロニーを増殖させることに成功し、これらの中には複数の抗生物質に耐性があったことを発見したことも新たな発見でした。少なくともいくつかの微生物が、大気の厳しい旅を生き延び、多剤耐性遺伝子を運んでいるということになるわけです。

ロドー博士は、この研究結果を慎重に語っています。これらすべての浮遊微生物が人々を病気にしていることを証明するものではなく、また次のパンデミックが空から降ってくることを証明するものでもないと強調しています。つまり、私たちの健康な免疫システムは、空気中に浮遊する細菌に対処できると考える必要があるでしょう。

それでもこの研究は、微生物の大気輸送が、特に薬剤耐性菌の増加を理解する上で、注意を払う価値のあるものであることを示唆しています。はっきりしているのは、生物多様性が地理的に遠く離れた場所にまで拡散し、それらの微生物が薬剤耐性遺伝子を持っていれば、その耐性遺伝子も新たな生物群集に持ち込まれることになるということです。

冒頭でも述べましたが、大気中にたくさんの微生物やウイルスが存在していることはよく知られています。風によって長距離を運ばれた粒子が、汚染源から遠く離れた人々に問題を引き起こすことも、以前からよく知られています。例えば、サハラ砂漠の砂嵐はカリブ海地域の喘息と関連しています。

しかし、地上から数千メートルの高度に存在する微生物群集と、それが地球規模の健康に及ぼす影響については、あまり理解されていません。一般的に、ほとんどの微生物がそのような長距離の旅をした時、多くは生き残るとは考えられてきませんでした。大気圏の数千メートル上空は厳しい場所です。紫外線を含む強烈な太陽光線が降り注ぎ、温度や湿度の変化にさらされる、言わば極限環境下です。

ロドー博士らの研究は、従来の固定観念を打ち破り、細菌や菌類がそのような状況でも生き続けていることを証明しました。彼らの過去の研究では、謎の病気である川崎病の流行は風の流れと関連している可能性があるとしています。今回の結果を川崎病との関係について述べるのはまだ飛躍がありますが、様々な生きた病原体が風に乗って広がる可能性はあると言えるでしょう。

今回の研究の限界の一つは、潜在的病原体についての定量的なデータがないことです。健康と病原体の関係ついては、最小発症量への暴露が重要です。通常、私たちは食べ物や水に微生物がどの程度含まれるか、そしてどのように管理すべきかについての予備知識があります。一方、大気中から吸入された病原体については、そのような情報はほとんどありません。

この研究のもうひとつの限界は、特定の場所を数回のタイムポイントで調査していることです。つまり、この研究では、他の場所、他の季節で、このような暴露がどの程度一貫しているのかについては示していません。しかし、これはおそらくどこでも起こっていることと容易に想像されますし、今後の追試でそれはより強固なものになるでしょう。

COVID-19 パンデミックは、廃水監視のような早期警報システムが、病気の動向を把握し、それに応じて準備し対応するためにいかに貴重であるかを示しました。今、感染症モニタリングの世界標準の技法になっています。今回の研究は、大気が世界の健康を監視するもう一つの場所であることを証明しているかもしれません。さらに研究が進めば、大気収集飛行や空中モニタリングが曝露や感染リスクを評価する有用な方法になるでしょう。

おわりに

大気中に沢山の微生物やウイルスがいるということは、微生物生態学者にとっては常識でした。その上で、今回の研究 [1] は、生きた多剤耐性菌が、空を飛びながら長距離移動しているということを示したことできわめて重要です。耐性菌や病原菌が広がるメカニズムの一つを示唆しているからです。

願わくは、バイオエアロゾルからDNAを抽出して解析しているのですから、同時に、DNA染色による総菌数の測定をやってもらいたかったということです。定量的なデータがあれば、内容がより充実し、様々な考察が可能でした。

引用文献・記事

[1] Rodó, X. et al.: Microbial richness and air chemistry in aerosols above the PBL confirm 2,000-km long-distance transport of potential human pathogens. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 121, e2404191121 (2024). https://doi.org/10.1073/pnas.2404191121

[2] Tanaka, D. and Maruyama, F.: Unveiling microbial highways in the free troposphere. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 121, e2414774121 (2024). https://doi.org/10.1073/pnas.2414774121

[3] Leffer, L.: The sky is full of germs. Popular Science. Sept. 11, 2024. https://www.popsci.com/health/microbes-in-the-sky/

引用したブログ記事

2018.04.21. 空から大量のウイルスや微生物が降ってくる

           

カテゴリー:微生物の話




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