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mRNA ワクチンは水平伝播する?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 ワクチンの接種が始まってから、それに関して、SNS 上で聞かれるようになったのが「シェディング (shedding)」という言葉です。当初、ワクチンという文脈において、この言葉がどのような意味で使われているのか、私はよく理解できませんでした。なぜなら、シェディングは、遺伝子治療で使われるウイルスベクターの体外排出(下記)を示す言葉として使われているからです。

しかし、どうやら、mRNA ワクチンの成分や翻訳産物(スパイク [S] タンパク質)が接種者の体から排泄され、それが他者に伝播するという意味合いでシェディングが使われているということがわかってきました。これに関する既出論文もなく、その排出・伝播機構も不明なことから、にわかには信じ難いことでした。

COVID-19 mRNA ワクチンは COVID-19 の原因となる生きたウイルスを使用しておらず、またベクターとしてのウイルスも使用していませんので、ワクチンを接種した人がウイルスを排出することはありません。また、ワクチンのシェディングによって他者の健康に悪影響を及ぼすとするなら、どのような機構によるものか、ちょっと考えにくい面がありました。

2021 年のロイターのファクトチェックでは、SNS 上のシェディングの投稿は、ワクチンがどのように機能するかについての明らかな誤解に基づくものであり、ワクチン接種者が他の人にワクチンを感染させたり、他の人に健康上の悪影響を及ぼすという証拠はないとしています [1]。つまり、この件は陰謀論扱いされているのが現状です。

ところが 2022年、mRNA ワクチンのシェディングについて初めて言及する査読論文が出版されました [2]。フランスの薬理学・生物学者であるヘレネ・バノウン(Hélène Banoun)博士によるもので、mRNA ワクチンはその作用機序に基けば遺伝子治療製品に分類されるべきであるとして、その水平伝播(すなわち排出による伝播)を調べるべきという主張です。

私はこの論文を読んで、もう少しこの件について理解を深めようと思いました。バノウン氏の続報 [3] も含めながら、このブログ記事で mRNA ワクチンの水平伝播の可能性について考えたいと思います。

1. シェディングとは

ここで、シェディングという言葉について、その定義を再確認しておきます。上述しましたが、これは遺伝子治療に用いられるウイルスの体外排出を意味する言葉です。

遺伝子治療の主なものとして、遺伝子を人の体内に直接投与する in vivo 遺伝子治療があります。この場合、遺伝子が特定の細胞・組織に運搬され、効果的に標的細胞内で発現させるためにベクター(遺伝子の運び屋)が用いられます。ベクターとして使用されるのが、ウイルス(アデノウイルス、レトロウイルスなど)やプラスミドです。

このようなベクターを用いる遺伝子治療で懸念されている一つが、投与されたベクターの体外排出と伝播の可能性です。遺伝子治療は病気の人や治療すべき人に対して行われるわけですが、それが体外に排出され、他の健康な人へ伝播する可能性について排除すべきでないという考え方と既存法(カルタヘナなど)の観点から、国際的枠組み(日米 EU 医薬品規制調和国際会議)の中で、ルールが決められてきました [4]

厚生労働省は、「排出(shedding)をウイルス/ベクターが患者の分泌物や排泄物を介して拡散することと定義しています [5]。そして、遺伝子治療製品の排出試験や「感染性」の試験を義務化するとともに、以下のような見解を示しています。

排出が観察されるときは、第三者への伝播の可能性を調査すべきである。このような調査には、ウイルス/ベクターの被投与者と濃厚に接触した人々(家族や医療従事者など)への伝播の有無を評価することが含まれる。このような第三者(濃厚接触者)の免疫状態も考慮するべきである。大部分の人々がそのウイルス/ベクターに対する免疫を既に獲得している場合、大部分の人々では既存の免疫によりウイルスは効果的にクリアランスされるはずである。しかし、接触した第三者の免疫状態が低下している可能性がある場合(例えば、高齢者や乳幼児では)、クリアランス機構が有効に働かない可能性がある。従って、このような人々では感染の結果はより重大になる可能性がある。

このように、シェディングという言葉は、定義上遺伝子治療におけるウイルスベクターの体外排出と拡散(感染性)に関わるものなので、それ以外では、誤解を避ける意味で安易に使用すべきものではないでしょう。SNS 上では、COVID ワクチン成分の体外排出という面でシェディングという言葉が多用されていますが、定義上該当すると思われるのはアデノウイルスベクターワクチンのみです。世界で最も使われている mRNA ワクチンはベクターを含んでおらず、「感染性」という面ではクリアされます。

2. 細胞外小胞

もし、投与された mRNA ワクチンの成分が排泄されるとすれば、どのような機構が考えられるでしょうか。ワクチンの主成分である mRNA は単一では速やかに分解されますので、体外にそのまま出てくることはないでしょう。その包装物である脂質ナノ粒子(LNP)や翻訳産物である S タンパク質は、全身を駆け巡ることが知られていますが、その構造面からそのまま血管細胞膜を突き抜けて出てくることは考えにくいです。

考えられるとすれは、mRNA や S タンパク質が細胞外小胞(extracellular vesicles, EV)に包まれて出てくるという機構です。細胞外小胞は、細胞から放出されるナノサイズ(20~1000 nm)の膜状構造物であり、生理的過程と病的過程の両方において重要な役割を果たしています。EV には、エクソソーム(exosome)、マイクロベシクル、アポトーシス小体があり、それぞれ大きさや産生機構が異なります。

エクソソームは、エンドサイトーシスにより細胞内にできたエンドソームがさらに陥入することで作られた膜小胞が、細胞外に放出されたものです。エクソソームの表層は細胞膜由来の脂質とタンパク質から構成されており、内部にはマイクロ RNA(miRNA)、mRNA、DNAなどの核酸やタンパク質など細胞内物質が含まれています。血液、粘液、尿、脳脊髄液、唾液など、ほぼすべての生体流体中に存在し、細胞間のコミュニケーションを媒介しています。したがって、EV には、親細胞や組織の機能の情報が凝縮されていると考えられます。

2013年、エクソソームの体外排泄に関する重要な報告がありました [6]。エクソソームが呼気に含まれており、その成分が病気のバイオマーカーになる可能性があるというものです。2020年には、呼気凝縮液 [7] から分離されたエクソソームを含む EV について、表面プラズモン共鳴や電気化学インピーダンス分光法などを用いた分析が行われ、呼気由来 EV の特性について初めて報告されました [8]

現在、様々な生体サンプル(呼気、喀痰上清、粘液、上皮内層液、肺循環、気管支肺胞洗浄液など)から検出される EV は、呼吸器疾患の病態生理を調べたり、バイオマーカーを発見したりするための対象として研究されています。EV によって運ばれる mRNA は分解から保護されているため遊離型よりも安定しており、これらの mRNA が神経疾患、感染症、がんなどのバイオマーカーとして利用できる可能性が指摘されています。さらに、EV を遺伝子治療の mRNA キャリアーとして利用することが提案されています [9]

これらの研究の中で興味深いのが、mRNA ワクチンやタンパク質の薬物キャリアーとして、吸入可能な肺由来の EV またはエクソソームが開発されていることです [10, 11]。標準的な合成 LNP と比べて、肺由来エクソソームは送達面で優れており、乾燥粉末吸入によりげっ歯類および非ヒト霊長類の肺に送達可能であることが示されました。SARS-CoV-2 の S タンパク質をコードする mRNA を負荷したエクソソームは、LNP よりも、IgG と分泌性 IgA 反応の誘発に優れていることも示されています [11]

これは何を意味するでしょうか。一つの可能性の疑念が湧きます。mRNA ワクチンを内包した肺由来エクソソーム乾燥粉末の吸入で免疫が付与されるというなら、ワクチンを接種した人のエクソソームに mRNA が内包され、それが排泄されることで、その機能の水平伝播が起こりはしないか?という疑念です。

さらに、興味深いのが、皮脂に mRNA が含まれるという日本の研究グループによる報告です [12]。皮膚には強力な RNA 分解酵素が存在していますので、常識的には RNA の存在は考えにくいのですが、皮脂が酵素活性を阻害することで mRNA の存在と高発現を可能にしているとしています。皮脂中の mRNA については EV 由来の可能性があることも考察しています。

3. mRNA ワクチンの水平伝播

世界規模で実施された COVID-19 ワクチン接種プログラムは、mRNA ワクチンがグローバルに使用された初めての例です。mRNA ワクチンは、米国や欧州の規制機関の遺伝子治療の定義に正確に対応しています。この規制では、これらの薬剤とその産物(翻訳されたタンパク質)の排泄試験を義務付けています。しかし、COVID ワクチンについては、アデノウイルスベクターワクチンも含めて行われていません。

バノウン氏は、COVIDワクチンは遺伝子治療物に該当するという立場で、至急排泄試験を行うべきと主張しています [2, 3]。mRNA ワクチンに適用される遺伝子治療に関する法律を施行し、このテーマに関する研究を実施することが急務であると強調しています。彼女は、ワクチン接種を受けたばかりの人と接触したワクチン未接種者に、mRNA ワクチンの副作用と同じ症状や病態が見られたという報告が数多くあるとして、mRNA やその産物である S タンパクだけでなく、LNP の排泄の可能性に関する知見を見直す必要性を説いています。

報告されている動物実験によれば、ワクチン mRNA を運ぶ LNP は注射後に全身に広がり、ワクチン mRNA は、遊離形態またはエクソソーム中に封入された S スパイクと同様に血流中に見出されています。LNP やそれに相当する天然のエクソソームや EV は、体液(汗、喀痰、母乳)を通して排泄され、経胎盤関門を通過できることが示されています。これらの EV はまた、呼気(エアロゾル)の吸入や皮膚(健康なものであれ、傷ついたものであれ)の接触によって伝播することが可能であり、母乳を通して経口的に浸透することもできます。

しかし、EV 中のワクチン mRNA の潜在的な翻訳活性と完全性については、否定的な見解が示されています。例えば、母乳中 EV mRNA が胃や膵臓での消化に抵抗性があり、ヒト腸管細胞に入る能力を保持しているとしても、残存 mRNA は S タンパク発現を誘導できないことが in vitro 実験で示されています [13]。これは、EV 中のワクチン mRNA の完全性が低い(母乳中では mRNA の完全性は 12-25% に低下)ためと考えられます。とはいえ、母乳由来の EVの運命に関しては、デリケートで議論の多い問題でもあり、最終的な結論を出すためには、さらなる安全性研究が必要でしょう [14]

皮膚の場合では、ワクチン接種を受けた COVID-19 非感染の汗疹患者のエクリン汗腺、表皮汗管、および貯留した汗から、S タンパク質が検出されています [15]。ただ、これはワクチン接種から 2 年後という特殊な事例で、持続的な S タンパクの発現機構(例:レトロポジションによるDNA統合と発現など)を想定しなければ、解釈が難しいです。

ただ、上記のように、ワクチン mRNA を含む EV が皮膚に移行し、皮脂に保護されて 安定的に発現することは考えられなくもありません。とはいえ、2 年という期間は長すぎます。

おわりに

エクソソームを含めた EV がある個体から排泄されることは十分に考えられます、しかし、多種多様な動植物が存在する自然界で、あるいは人口が密集する人間社会で、EV の排泄と伝播が起こっているとするなら、その生物学的影響はすでにいたるところで現れているはずですが、現実的にそのような現象は報告されていません。EV の水平伝播は、その量と頻度の少なさ、遺伝情報やタンパク質の不完全性があって実際上は問題にならない、あるいは生物学的なバリアーがあって影響はないと考えるのが、現時点では妥当なところでしょう。

ワクチン接種を受けてすぐの人から、mRNA ワクチンを含む EV が呼気、汗などを通じて排泄されていることは十分に考えられます。しかし、それが他者に伝播し、粘膜から侵入し、さらに発現して機能するところまでとなると別問題です。新たに生物学的機構を考えなければならず、量や分子の完全性などの面から現実的には疑問があります。S タンパク質の場合も同様です。他方で、今は、吸入型 EV による mRNA ワクチンも考えられている時代でもありますので、否定もできません。

いずれにしろ、この問題の解決法は、バノウン氏が指摘しているように、まずは、mRNA ワクチン接種者からの mRNA 内包 EV の排泄と伝播をきちんと調べることです。そして、ワクチン mRNA あるいは S タンパク質の水平移動によって、受容者に何らかの影響があるかどうかを調べることです。さらに、mRNA の DNA 統合と持続的発現についても研究を実施すべきでしょう。

それにしても、ロイターのファクトチェック [1] にもあったように、mRNA ワクチンについては、当初ウソ、デマ、陰謀論とされていたことが、後になってことごとくひっくりさえている現状があります。国や権威筋側からの情報には、気をつけなければならないことを示すものです。

引用文献

[1] Reuters Fact Check: COVID vaccines do not ‘shed’ from one person to another and then cause reproductive problems. April 24, 2021. https://www.reuters.com/article/fact-check/covid-vaccines-do-not-shed-from-one-person-to-another-and-then-cause-reproduct-idUSL1N2MG256/

[2] Banoun, H.: Current state of knowledge on the excretion of mRNA and spike produced by anti-COVID-19 mRNA vaccines; possibility of contamination of the entourage of those vaccinated by these products. Infec. Dis. Res. 3, 22 (2022). https://hal.science/hal-03891682

[3] Banoun, H.: mRNA: Vaccine or Gene Therapy? The Safety Regulatory Issues. Int. J. Mol. Sci. 24, 10514 (2023). https://doi.org/10.3390/ijms241310514 

[4] 山口照英, 内田恵理子: 日米 EU 医薬品規制調和国際会議遺伝子治療専門家グループの活動と遺伝子治療薬の規制における国際動向. Drug Delivery System. 22, 651–659 (2007).  https://doi.org/10.2745/dds.22.651

[5] 厚生労働省医薬食品局審査管理課: ICH 見解「ウイルスとベクターの排出に関する基本的な考え方」について. 2015.06.23. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc1096&dataType=1&pageNo=1

[6] Sinha, A. et al.: Exosome-enclosed microRNAs in exhaled breath hold potential for biomarker discovery in patients with pulmonary diseases. J. Allergy Clin. Immunol. 132, 219-222 (2013). https://doi.org/10.1016/j.jaci.2013.03.035 

[7] 村田順之・松永和人: 呼気凝縮液 exhaled breath condensate. アレルギー. 70, 136–138 (2021). https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/70/2/70_136/_pdf

[8] Dobhal, G. et al.: Isolation, characterisation and detection of breath-derived extracellular vesicles. Sci. Rep. 10, 17381 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-73243-5

[9] Kirian, R. D. et al.: Extracellular vesicles as carriers of mRNA: Opportunities and challenges in diagnosis and treatment. Theranostics 14, 2265-2289 (2024). https://www.thno.org/v14p2265.htm 

[10] Tsai, S. J. Et al: Exosome-mediated mRNA delivery in vivo is safe and can be used to induce SARS-CoV-2 immunity. J. Biol. Chem. 297, 101266 (2021). https://doi.org/10.1016/j.jbc.2021.101266

[11] Popowski, K. D. et al: Inhalable dry powder mRNA vaccines based on extracellular vesicles. Matter. 5, 2960–2974 (2022). https://doi.org/10.1016/j.matt.2022.06.012

[12] Inoue, T. et al.: Non-invasive human skin transcriptome analysis using mRNA in skin surface lipids. Commun. Biol. 5, 215 (2022). https://doi.org/10.1038/s42003-022-03154-w

[13] Hanna, N. et al.: Biodistribution of mRNA COVID-19 vaccines in human breast milk. eBioMedicine 96, 104800 (2023). https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104800

[14] Balduit, A. et al.: The last word on COVID-19 vaccines and breastfeeding? eBioMedicine 97, 104830 (2023). https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104830

[15] Sano, S. et al.: SARS-CoV-2 spike protein found in the acrosyringium and eccrine gland of repetitive miliaria-like lesions in a woman following mRNA. J. Dermatol. Published online April 1, 2024. vaccination. https://doi.org/10.1111/1346-8138.17204

        

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