
お客さんから「ぜひ読んで」とお借りした本を読んでいます。
宮本輝のデビュー作「泥の河」が収録された川三部作(泥の河、蛍の川、道頓堀川)を、早速読んでみました。
実はこのお客さんは、今の西区・花乃井あたりに生まれた90歳の方。小さい頃の中之島は、護岸工事もまだされておらず、堤防が土でできていたため、まさに「泥の河」だったと教えてくださいました。また、大阪には「堀」のつく地名が多いのですが、立売堀(いたちぼり)や道頓堀のほか、堀江、京町堀、江戸堀、長堀、空堀などもそうで、今は道になっているところに、かつては本当に運河や川が流れていたそうです。今を知る私たちには、にわかには信じがたい光景が、100年近く前には広がっていたわけです。
あらすじ
大阪・中之島西端の川沿いで「やなぎ食堂」を営む家の少年・信雄は、戦後の貧しさが残る町で暮らしている。船津橋近くで懇意の屑鉄売りが事故死し、世の不安を初めて突きつけられる。ある日、川に浮かぶ船で暮らす少年・喜一と姉・銀子に出会い、遊びを重ねて親しくなるが、船の一家の背後には大人の事情と生活の危うさがある。信雄は橋と川を行き来しながら、優しさと残酷さが隣り合う現実を子どもの目で見つめ、忘れがたい喪失の感覚を抱え込んでいく。

小説の舞台をぶらぶらしてきました
大阪の中之島界隈を日頃からうろついている人間にとって、とても馴染みのある土佐堀川と堂島川を舞台にした「泥の河」。1955年当時とはかなり風景が変わっているでしょうが、当時を偲びながら橋を渡ると、水面に巨大な鯉がいないか探している自分がいます。
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戦前に建てられた「昭和橋」は昭和7年完成。

湊橋から、主人公が住んでいたであろうあたりを望む。向こうに見える橋のようなものは、阪神高速の中之島入口のランプ。主人公・信雄の家「やなぎ食堂」はランプのあたりにありました。

私が立っている湊橋の下には、主人公・信雄の友人・喜一が住んでいた船が係留されていた場所があります。
今は牡蠣小屋があるあたりです。

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湊橋と昭和橋の間には、「泥の河」記念碑が建てられています。いつも目にしていたのですが、作品を読んでいない時は自分ごととして捉えられませんでした。読了後は、ようやくこの場に建立された意味がわかりました。

記念碑には、小説の冒頭と、主人公・信雄と船で暮らす少年・喜一の出会いの場面が引用されています。
小説「泥の河」舞台の地
堂島川と土佐堀川がひとつになり安治川となる
大阪湾の入口に注ぎ込んでいく
その川と川のまじわるところに三つの橋が架かっていた
昭和橋と端建蔵橋とそれに船津橋である「あそこや、あの橋の下の…」
目を凝らすと橋の下に確かに一艘の舟が繋がれている
だが信雄の目にはそれは橋げたに絡みついた赤い布のようにも映った
「この舟や」
「舟に住んでんのん?」
「そや。もっと上におったんやけど、昨日、あそこに引っ越してきたんや」宮本輝「泥の河」の一節より

信雄の家「やなぎや」のすぐ近くにかかる二つの橋、端建蔵橋(はたてくらはし)と舩津橋(ふなつはし)。
端建蔵橋はただいま付け替え工事中でした。

舩津橋は、中之島の先端から中央市場や野田に向かう橋。作品中では、重い荷物を積んだ馬車が坂を登れず大惨事が起こると書かれていましたが、今ではかなりフラットな橋になっていました。

野田に向かう時はかなりの下り坂になります。昔はこれくらいの高低差があったのかもしれません。
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お祭りの雑踏でお小遣いを落とした福島神社は、信雄の家から歩いて10分ほどのところにあります。

いつも素通りしていたところを30分以上かけて散策しました。
一作品読むだけで、いつもの町の景色が変わって見える。大変貴重な体験をしました。
