誰しも都合が悪くて相手に不快な思いをさせる時や、自分にとって嫌なことは言葉を巧みに言い換えて、難を逃れようとするものである。国や責任のあるものも例外ではない。国やそれに倣うものの発言となると、その権威や周囲に与える影響をも考慮して、具合の悪いことは沈黙したり、良いように言い換えたりすることになる。
先の大戦では、こちらが勝っている時には、撃沈の上に轟沈を作ったり、大風呂敷で占領を祝ったり、相手の惨めさを強調したりしたものである。
ところが負け戦になると、それを少しでも覆い隠したり、罪のない言葉に置き換えたりすることになりやすい。こうして、アツツ島守備隊の全滅を玉砕と報じたのが始まりで、以後、太平洋の島々がアメリカ軍に占領されたり、負けて撤退したりするのを転進と言ったりして誤魔化してきた。報道を聞く国民にはすぐに、全滅したり、退却したりしたことと判るのに、あえて玉砕や転進と報じたのは、間違ったプライドのようなもののためだったのであろうか。
そう思っていたら、戦争に負けても敗戦と言わずに終戦と言い、占領軍も自らがOccupation Forcesと言っているのに、駐留軍と言って誤魔化していた。
もうこれでおしまいかと思っていたら、今度はアメリカに言われての再軍備である。と言っても、憲法で軍隊は持たないと明記されている。仕方がないので、初めは警察予備隊、やがて自衛隊と呼ぶようになり、戦車を特車、軍艦を自衛艦、武器を防衛装備品などと呼ぶようになった。
憲法で軍隊は持たないことになっているので、軍事力も抑止力と言い換え、次第に規模を膨らませ、今ではとうとう長距離ミサイルや戦闘機、潜水艦から空母まで持ち、それでも積極的平和主義などと主張して、平和憲法や軍隊を持たないことと矛盾していないと強弁している。
またそれに伴い、平和国家である日本の軍需産業(防衛産業)の発展も目覚ましく、スエーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、世界の防衛企業上位100社には三菱重工業や川崎重工業など5社が入り、売り上げも日本勢は133億ドル(約2兆円)と、23年比で40%も増えている。
このように軍隊や軍事の言い換えが当たり前になるにつれて、都合の良い言い換えはその他の分野にも広がり、汚染水は処理水となり、積極的平和主義だとか、存立危機事態という意味不明な言葉までで出来、次から次へと言い換え表現が広がっていくことになって来ている。
少なくとも、政府の表現は国民の誰にも分かり易い的確な言葉で話して欲しいものである。
国の総予算の5%までになろうとしている防衛予算や、軍隊を持たない国の自衛隊は、はっきり持たないか、持つなら軍備費や軍隊と言って欲しいものである。