死の危険を伴うとまでTVが報じた暑さの続いた長い夏もようやく終ったと思ったら、急に寒くなり、慌てて冬物を出したり、暖房の準備をしなけらならなくなった。庭のダグウッドも真っ赤に紅葉した。きっとあちこちの紅葉の名所などでも、そろそろ見頃のではなかろうか。
以前だったら、早速確かめに行くところだろうが、この歳になっては、体が衰え、何処へ行くいも歩行補助車に頼らねばならないので、そうはいかない。歩行補助具の「トライウオーカー」を使って、箕面の滝まで行ったこともあったが、もう今では長距離は歩けなくなったので、それも無理である。せいぜい、今でも紅葉が見られるとしたら、近くの五月山ぐらいであろうか。
それでも過去に何度も行った箕面や、その他の紅葉は記憶が鮮明なので、頭の中では実際にまた訪れているかの如くに、その光景が浮かび上がって来る。若い時には、目に焼きついた光景もその場限りで、思い出す暇もなく次々と移っていったが、今のように最早、現地を訪ねることが出来なくなると、昔の思い出の光景が代わりに、現実のように脳裏に浮かび上がって来る。
時間的、空間的に離れていようと、過去の記憶は、色々と時に応じて、思い出してくれる。旅や自然の風景だけに限っても、歳を取って実際にそこへ行けなくなっても、思い出がまたそこへ連れて行ってくれる。旅行の新聞広告を見ても、その写真から忽ち過去にその場を訪れた時の様子が連動して思い浮かぶ。
子供達がそれぞれにアメリカへ移住してしまったこともあり、元気なうちに、よくあちこち行っておいたものである。もう地名も想い出せない所でも、そこにあった店や、出会った人との会話などまで、その背景の風景とともに思い出される。
国内はなぜか秋田市にだけ行っていないが、あとは全ての都道府県に行ったし、外国ではアジア諸国は殆ど尋ねたし、南北アメリカは勿論、ヨーロッパ、豪州、ニュージーランドにも行っている。
順不動でふと思い出したのは、ポーランドのクラコフで出会った犬の散歩をしていた老人だが、自宅まで案内してくれ、色々話したが、年金暮らしなので日本までは行けないと言っていた。もう今ではあの世に行ってしまっているであろう。
スイスではベランダ越しに一週間アイガーの北壁を見ながら暮らし、毎日色々なルートを散策したし、ヴェネチアでは有名な広場のすぐそばに一週間滞在して、ツアー客に羨まれた。ドイツのZelleという町では予約していた宿が消滅していて、夜道で困ったが、たまたま尋ねた宿がそこを買収した宿だったことも忘れられない。トルコの乗合タクシーで手渡しで金を集めて運転手さんに渡したことやトルコ人の親切さにも感心させられた。
書けばキリがないが、もう何処へも遠くへは行けなくなっても、色々思い出すと楽しい。まだ元気な老人には、是非あちこちへ行って楽しい思い出を作っておくことをお勧めしたい。年老いて動けなくなっても、思い出が楽しませててくれるものである。