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スマホ時代の怖さ

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 最近は電車の中で見ていても、殆どの人がスマホを見ており、昔のように新聞を広げている人も、本や雑誌を読んでいる人もすっかり減ってしまった。人混みの電車のホームなどでは「スマホを見ながら歩いては危険です」とのアナウンスが流れる。

 若いアベックも二人ともスマホを見ながら話し合っている。大人だけでなく、子供までスマホ漬けで、親の心配の種になっているが、緊急の時の連絡にも必要なので、学校でもスマホ持ち込みを許可するようになってきているらしい。赤ん坊さえも、母親が忙しいので、あやしたり、絵本を読んだり、童謡を歌ったりする代わりにスマホが与えれれる時代である。

 とにかくスマホがあれば便利である。時刻や天候から最近のニュース、行き先までの道順、電車の時刻、仕事や私用の連絡、食事の場所など何にでも役に立つし、どんなことでも教えてくれる。旅行者なども皆スマホを持っているので、初めての場所でも、場所を見つけるために人に尋ねなくても良い。昔だったら大きな地図を広げたり、他人に尋ねたり、家に帰ってから辞書でもくって調べなければわからなかったようなことも、スマホでは瞬時に分かる。 

 最近はスマホで買い物の勘定まで出来るようになったようで、スマホを紛失した時の対処法などの解説まで見られる。そのうちに無人の店舗が増えて、スマホがないと買い物も出来なくなるとも言われている。コロナが流行った頃には、キャッシュレスだと紙幣から感染する恐れがないからと喜ばれたとも言われた。スマホを扱えない老人はもうついていけなくなくなるかも知れない。

 日常生活だけでなく、どんな仕事をするにしても、専門的な情報を得るにも便利だし、仕事の連絡をするにしても、全てインターネットを通じてということになる。何か疑問が生じても、スマホを開けば、たちまち教えてくれる。今や何をするにしても、インターネットなしでは生きていけないところまで来ている。

 以前だったら、こちらが労を惜しまず情報のありかを探して、そこまで出向いて情報を得なければならなかったのが、関連した言葉を入力するだけで、たちどころに情報が手に入る。その上、最近では何かの情報にアプローチすれば、次回にはそれに近い情報を管理者が機械的に用意して勧めてくれるようにまでなっている。

 ただ気になるのは、便利になればなるほど視野が狭くなるのではなかろうかということである。例えば新聞なら、自分が知りたいことも知りたくないことも、いろんなことが載っていて、こちらがそれを選択して読むことになっているので、こちらが必要としないものまで見出しだけでも目に入り、つい読んでしまうことさえあるが、インターネットなどの情報は一見で多くの情報を眺望するようなことがなく、あらかじめ自分に合うように選択された、限られた範囲の情報ばかりを見ることになるので、選択されなかった情報には全くお目にかからないことにもなりかねない。

 FBやTwitter(現X)などでも、あらかじめ選択が入るので、自分の気に入った情報は集まっても、反対の意見などは入って来にくくなるので、客観的な全体の傾向などを知るのは返って難しい。あらかじめ管理者や自分の選択で情報が選択されてしまっていることは、便利なようだが、視野を狭めることにもなりかねない。

「お気に入り」や「いいね」を押す毎に、似た傾向の情報は増えても、それに反対するような情報は得にくくなる傾向になるのではなかろうか。アマゾンの本の検索でも「この本を買われた人はこんな本も」と似た本の広告は入るが、全く違った面から見たような本は除外されるので、返って見つけにくくなる。要らぬお節介のために、便利な時もあるが、返って思わぬ拾い物のような機会を失ってしまう。気に入ったものばかり集まって、嫌なもの、逆のものなどは除外される。

 また「お気に入り」や「いいね」を通じて仲間が集い、皆が一斉に行動するようになりやすいので、食堂街などでも特定の店に長蛇の列が出来ることになりやすいし、皆が一斉に行動して他を寄せ付けないファシズム的な行動にも繋がりやすい。東京の知事選や兵庫県などの選挙でもSNSの影響が見過ごせないようなことにもなっている。

   ネトウヨネトウヨで気にいったSNSばかり見て益々右傾化するのと同様、私のところへ届くのは、どうしても憲法改正反対、平和を守ろう、安倍内閣反対の様なものが集まりやすいので、違った視点からのものが見落とされ気味になる恐れがある。

  無数の情報だから、うまく絞り込まないと目的の情報に有り付けないが、あまり効率ばかり考えると広い視野を失うことにもなりかねない。辞書を引く時でもそうだが、少し広い範囲で寄り道しながら、ゆっくりと絞り込んで行くと、思わぬ発見をすることもあるものである。序でに覗いたページで思わぬ情報にありついいたりすることもあるものである。

  それに効率が良いから少しでも、多くの情報を得たいことになり、余計に広く浅く、しかも自分に気に入った情報ばかりを集めることになり、近くにあっても、違った情報を見落とすこととなったり、情報が多くなればなるほど、こま切れな情報が増え、詳しく分析するゆとりが少なくなる。

 スマホやインターネットはあくまで便利な道具として使うべきで、それに振り回されて時間を浪費したり、大切な判断を任せてしまってはならない。貴重なアイデアは思わぬひょんなところから出てくるもので、無駄な時間やゆとりも大切なことを忘れてはならないだろう。

 それに便利な選択には、あらかじめ気に入らないとした情報や、反対の意見は入らないので無視されがちで、それが判断を誤らせることにもつながりかねないことにも注意を払うべきであろう。

 それにしても電車の中でも、駅でも、道路でも、殆どの人といっても良いぐらいに、スマホを眺めている。しかも一番多いのがゲームのようである。良い年をしたおじさん、おばさんまでがゲームをしたり漫画を見ている。この国の将来はこれで良いのだろうかとふと思った。

 

 




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