1970年の万博の時は千里に住んでいたこともあり、子供たちもいたし、何回も行ったものだった。、万博が終わった後も近くの公園で、国立民族博物館や美術館、民芸館、日本庭園、それに太陽の塔などが残されており、万博の思い出も重なって、数えきれないぐらい訪れてきたものである。
しかし、それから50年、再び大阪で万博と聞けば、是非にもまた行きたいところだったが、こちらも歳をとりもう97歳。体力も衰え、歩行補助車を使わないと遠出も出来ない。
最近は大阪市内にも殆ど行かなくなってしまっている。夢洲まで行くのはちと遠すぎる。おまけに来場者が多ければ、地下鉄も混むし、会場についても、人混みをかき分けなければならないし、長時間待たねばならない。たとへ入ったとしても、長い行列や人混み、あちこちでの炎天下での待ち時間などを考えれば、どう考えてもちょっと無理。諦めた方が良さそうである。
そんなわけで、今回の万博はとうとう行かないうちに会期が終わってしまったが、千里の万博の時と違い、今では当時とは桁違いにSNSなどでの映像文化が発達しているので、そちらで十分楽しませてくれた。テレビでも会場の様子を幾度となく流してくれていたし、SNSでも各パビリオンの中の様子まで色々と見せてくれた。
しかし、なんと言っても最後まで嫌というほど見せてくれたのは、大屋根リングに、今回の万博のシンボルであった「みゃくみゃく」と花火であった。会場では毎日のように打ち上げられていたようだが、大屋根リングの向こうに花火が派手に打ち上げられ、みゃくみゃくが顔を出している写真が毎日嫌というほど出ていた。
ただ映像では、実際の大きさがわからないし、実際の空気感を感じることが出来ない。大屋根リングだけは一度登って体験したかったが、まあ映像で我慢しなければならなかったのが残念であった。花火と大屋根リング、それにミャクミャクのセットは会期が終わってから後も、毎日のようにSNSnで見せて貰った。
会場の跡地がどうなるのかまだわからないが、大屋根リングは一部が残されるようだし、来年の春にでも、まだ元気だったら、一度は現地を訪問したいものである。