今は読み終わった新聞は殆ど皆ビニール袋にでも集められ、袋が一杯になったらゴミとして捨てられる。今の若い人たちは、昔から古新聞はこうして処理されてきたものだと思っているかも知れないが、こうなったのは、まだほんの半世紀ぐらい前からのことに過ぎない。私が中年になるぐらいの頃までは、古新聞は大事な資源であり、生活するのに、なくてはならない大活躍をしていたものであった。たかが古新聞紙、されど古新聞紙とは言い過ぎであろうか。
昔は普通の紙でも、今より大事な資源であった。ことに新聞紙ぐらい大きな紙といえば、せいぜいデパートの包装紙ぐらいのものだった。家庭で何かを包む必要が生じた時には、先ずはどこの家にもある古新聞紙が用いられたものであった。当分、使う予定のない器や書類その他の手頃なものを纏めてしまっておくような時には、先ず、どこにでもある古新聞紙が利用されたものであった。
当分使われないお皿などの割れ物も古新聞紙で丁寧に包まれて、箱の中などに収められたが、箱と器の緩衝材としても、丸めた古新聞紙が使われた。みかんやリンゴなどの箱詰めにも、箱の中での緩衝材として古新聞紙が広く使われていた。
更なる用途としては、座敷や居間の湿気取りとして、畳の下には拡げた古新聞を何枚も並べて敷いたものであった。このため、一年に一度の大掃除の時に、畳をあげると古新聞が出てきて、つい、その新聞記事に目がいって、読み出したら止まらず、大掃除が捗らないと言って文句を言われることにもなったものであった。
その他にも、古新聞紙は何にでも使われ、例えば、習字や絵を描く時の下敷きにもなったし、大きな筆書きのメモや案内にも使われた。違った使われ方としては、大型の折り紙としての利用もあり、兜や鶴、飛行機など、色々と折られて遊びに用いられたり、折り紙で紙の箱が作られ、実用品としてに使われることもあった。
また、適当な大きさに切り揃えて、鼻紙やトイレットペーパーなどとしても使われたし、虫けらやゴミの処理にも使われた。鼻を噛んだり、痰を吐いたりの鼻紙の役目も果たしたし、汚物をまとめて、こっそり捨てるのにも利用された。逆に綺麗な生花の束の包み紙などにも適材であった。
更には、商売用にも使われ、八百屋さんなどにとっては必需品で、大根でも、人参その他の野菜でも、買って貰ったものは皆、古新聞に包んで客に渡すのが普通であった。ちょっと変わった利用法としては、戦後、物のない時には、新聞紙を一様にくしゃくしゃにしてシワだらけにし、それをシャツの背中に貼り付けるようにして着ると、防寒効果が期待されるというのもあった。
このように、古新聞紙は何にでもと言って良いぐらい、何処にでもあり、何処ででも重宝がられて使われたものであった。靴の泥を落とすにも、そこらにある古新聞が役に立ったし、こぼした水などを拭うにも急場に間に合うなど、古新聞紙はまさに万能だったのである。
それが今は読み終わった新聞紙は後の活躍の場所もなく、忽ちまとめられて、ビニールの袋に入れられ、溜まったらゴミと一緒に収集されるのを待つばかりである。昔の大活躍の時代を思い出すと、きっと、新聞紙は情けなくて仕方がない気がしてならないのではなかろうか。