秋の彼岸、秋分には曼珠沙華が欠かせない。子供の頃は、毒のある花だから近寄るな言われていたので、あの独特の形をした毒々しい赤色をした曼珠沙華は早くから知っていたが、意識して避けて来た。生活の中心も、ずっと都会だったので年をとるまではあまり縁がなかった。
しかし、年をとって季節を楽しみ、あちこち旅をしたりする様になると、夏が終わり、ようやく秋の彼岸の頃になると、必ずどこかで曼珠沙華を見かける様になり、その名前と強い個性が嫌でも彼岸と結びつき、秋の彼岸は自然と曼珠沙華に結びつけられてしまうのであった。
もうどこであったかも思い出されないが、辺鄙な土地の思わぬ寂れたお寺の庭に、いっぱい曼珠沙華が咲いていてびっくりさせられたこともあったし、琵琶湖の湖畔の松林でも、すば
らしい曼珠沙華の群生に出会したことも忘れられない。
そんな遠くの思い出でなくとも、私に住んでいる池田でも、五月山の麓の駐車場の近くの広場の周辺にも、真っ赤な曼珠沙華の群生があるし、南の方のテニス場の近くの野道にも群生しているのが見られる。絹延橋の近くの色々な季節の花を終えている間にも、この花まで揃っていた。
また興味深かったのは、私の家の近くの高架下の駐車場に置かれた植物用か何かのポットの様な所に、場違いのような3〜4本の曼珠沙華が見事に咲いているのをを見つけたことがあり、こんな所に咲いた彼岸花の由緒来歴を知りたいものだと思ったこともあったが、次の年からはもう全く見られなかったこともあった。
葉の成長より早く茎を伸ばし、頂上にお椀の様な、妖艶とも言えそうな毒々しい独特の花冠を備えた彼岸花は、なるほど曼珠沙華として仏教に関わるものとして見るに相応しい様な気がする。元々曼珠沙華は仏教の蓮に由来し、マンジュシャカといのは赤色を指しているとかである。
今朝は大分涼しくなったので、朝の散歩の機会に、少し足を伸ばして、五月山の麓の彼岸花を見に行った、これで今年の秋のお彼岸も無事済んだ様な気になった。