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敬老の日

 また敬老の日がやってきた。ただし自分が九十七歳にもなると、六十五歳から老人と言われてもピンとこない。我々の次の世代が既に老人の範疇に入る時代になってしまっているのである。私の娘たちも、まだまだ若いと思っていても、もう老年期に入り、孫たちが三十代の働き盛りになっているのに驚かされる。

 新聞によれば、六十五歳以上の人口は推計3,619万人と、過去最高を更新したそうである。高齢化率で言うとは29.4%。そのうち八十歳以上が1,289万人(総人口の10.5%)だそうである。主要7ヶ國中高齢化率はトップだったそうである。 今後もこの傾向は続き、2040年には34.8%になると見込まれているそうある。

 現実に、我が家の近くを見ても、朝のサラリーマンの出勤時間、子供の登校時間を過ぎれば、道行く人たちは老人ばかりである。「おんば」や買い物車を引っ張って、ゆっくり歩く老婆の後ろから行くのは、杖をついたお爺さん、その後ろからは、もう直角近くまで腰の曲がったおばあさんが、両手に大きな袋をぶら下げて、フラフラといった感じでゆっくり歩いているといった光景が続くことになる。

 六十五歳以上で働いている人も多くなり、総務省労働力調査では、二十一年連続で増えて930万人、およそ四人に一人、就業者全体の七人に一人という計算になるそうである。ただし、高齢の就業者が若い世代と同じ様に働けるわけはなく、経済的に老後を支えるための仕事であり、年齢ととも急減していることも確かである。

 近年防衛力強化といって、防衛予算は増え、攻撃用の武器の購入や配置、訓練、日米軍の指揮系統の統一などまで整備されつつあり、まるで臨戦体制が急速に整備されrつつあるが、こんな老人國がいかにして軍隊を拡大強化していくつもりなのか疑問に思わざるを得ない。

 老人は平和には馴染んでも、戦争には役に立たないどこるか、足を引っ張るものである。やはり、日本はもはや戦争の出来る国ではなく、信頼関係による友好関係を保ち、平和外交を続けるより道はないのではなかろうか。




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