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衣替え

 いつ頃までだったであろうか?日本では昔から社会的に「衣替え」と言う風習があり、明治以降も警察官や公務員、学校の生徒、銀行の女性店員などといつた制服組はそれを踏襲して、衣替えを守ってきた。多くは6月1日から皆が一斉に夏服に着替え、10月1日にはまた皆が揃って冬服になるのが普通であった。

 特に制服組は大勢が一斉に服装を変えるものだから、ついうっかり知らずに、六月一日の朝にでも銀行なり、学校に行くと、一日のことですっかり雰囲気が変わってしまっていることに驚かされたことがあったものである。

 古くからの風習なので、制服組でなく、それぞれ勝手に自分で服装を選んでいる普通の人たちも、それぞれに周りに合わせて、ほぼ同じ頃に衣替えをしたものであった。したがって、周りの人たちの服装だけからも季節の変化を感じさせられたものであった。

 しかし、季節は暑かったり寒かったり、始終変動しながら移っていくものである。六月になっても梅雨で雨が続き、薄寒い朝などもある、昼間は暑くても夜には、まだ少し寒さを感じることさえある。逆に十月の初めになっても、まだまだ夏のような暑い日が続くことも多い。

 そんな日本に生まれ育った私がショックを受けたのは、すでに以前にも書いたが、1961年に初めてサンフランシスコへ行った時のことである。五月の初めであったが、街を行く人たちを眺めていると、分厚い毛皮を着て歩いているご婦人のすぐ横を、海辺で見かけるような手足丸出しの薄着の若い女性が行くではないか。

 もちろん、アメリカには「衣替え」などの伝統はなかったので、各自が自分の気分に合わせて着るものを選んでいるのだろうが、そのあまりにも強いコントラストに驚かされたものであった。これがアメリカであり、これが民主主義なのだなあと思い知らされたのであった。

 それからもう半世紀以上も経ってしまっている。今や日本の伝統も廃れ、人々の服装も社会の掟に従うよりも、自分のその時々の気分に合わせて選ぶ時代になった。日本人の服装も多様になった。春のある日のこと、ダウンコートを着た若者が電車に乗っていたが、蒸し暑さでも感じたのか、途中でその厚手のコートを脱いだ。ところが、中はなんと半袖シャツ一枚だけで、見ているこちらを驚かせた。何をどう着ようと本人次第だが、ダウンコートと半袖シャツのコンビネーションは想像もつかなかったので驚かされた。

 そんな極端なことは例外としても、日本人の服装もずいぶん変わってしまったものである。制服も次第に少なくなってきたし、各自が季節に合わせ、自分の気分に合わせて、好きなように選んでいることが多くなっている。殊に、この五月頃は、街行く人々の服装を見ても、未だ冬のような長袖の人がいれば、もう夏姿の半袖短パンの人も見かけるようになった。バラエティに富む服装になったことは喜ばしいことである。  

 

 

 




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