先日近くの散歩の途中、横断歩道の近くで、スマホで近隣を確かめながら、うろうろしていた女性が、「ラーメン博物館へはどう行けば良いのでしょうか」と尋ねてきた。
以前はよく道を聞かれたものだったが、スマホが普及してからは、すっかり途絶えてしまった。それどころか、箕面の山奥の細い道でも、外国人がスマホを頼りに自由自在に歩き回っている時代である。 もう道の脇で、大きな地図を広げて、行き先を探している様な人の姿は殆ど見かけなくなってしまった。
しかし、そんな時代でも、スマホも持ちながらも、なお道に迷う人もいるものである。その女性も他所から来て、池田駅で降りてラーメン博物館へ行こうとしたのであろうが、多くの人がそちらへ流れ、案内板も出ているので、気をつければすぐ見当がつきそうに思うのだが、方向音痴なのか、それともスマホだけに頼り過ぎて方向を読み違えたのか、全く反対方向の思わぬ所まで来てしまっているのである。もうここまで来ていれば、どう行くかを教えるのも困難で、駅の反対方向だから駅に戻りなさいと教えるよりなかった。
女房と一緒に散歩してたので、そのやり取りで、思わず昔の女房の方向音痴振りを思い出した。1970年の万博の頃、女房は英語が喋れたので、時々外国人のガイドなどもしていたが、京都駅行きの電車に乗って、どっちの方向に動くのか聞かれてこちらだと言った途端に、電車が反対方向に動き出した話や、京都の市内の中心街なら街は碁盤の様になっており、東には東山が連なっているので、方向が一番よくわかる街なのに、目的地と反対方向に行ったりしたものであったことを思い出した。
今でも、住み慣れた池田の周辺で、以前に行ったことにある所でさえ、時に方向感覚が怪しいことがある。どうも地図が頭に中々入りにくい人もいる様である。