誰しも過去の出来事を振り返る時、自分なりの基準点に照らして、いつの事だったかを位置づけるものである。比較的近い過去の出来事などでは、今を基準にして、何年前のことかとすることが多いが、もう少し古い出来事であると、その近くで起こった大きな出来事の何年前とか後とか言って、その出来事を基準にしたりすると分かりやすい。しかし、もっと古いことになると、時代の変わり目のような誰にでもわかる大きな時代の節目などが基準になることが多い。
コロナの流行り出したのはまだほんの今から5年前のことであるが、初孫の生まれた時はと言われると、私には阪神淡路震災を思い出すとわかりやすい。その1年前の1994年ということになる。それならもう何歳になったのか分かりやすい。その時には孫の生まれたカリフォルニアで大地震があり、出生早々、車で一時的に避難したそうであった。
もっと過去のことになると、私にとっての大きな基準点は二つある。一つは明治維新、もう一つは1945年の日本の敗戦の年である。戦後の出来事は殆どと言っても良いぐらい、戦後何年経った時の事かと、敗戦年が基準にされてきた。
それに対して戦前の出来事となると、私の子供の頃は、殆ど全ての歴史の基準点は明治維新であった。我々の学生時代に習った歴史は江戸時代で終わりであり、それ以後は現代ということで、まるで新しい日本の誕生が明治維新であったかのように、それまでの古い日本と、それ以後の明治、大正、昭和にかけての歴史は明治維新でキッパリと分けられて教えられていた。
そのためか、私の頭にあった日本の歴史も明治以降とそれまでの時代では全く違った世界のように描かれていたので、全ての基準は明治維新、すなわち明治元年であった。西南戦争が明治10年、日清戦争が明治27〜28年、日露の戦争が37~38年、昭和天皇の生まれたのが、明治34年で皇后が36年。その間の明治35年が私の母の誕生年であった。
ところが、大正時代の事となると、もう第一次世界大戦が大正3年に始まったと聞いても、すぐには明治時代とつながらない。大正時代だから日露戦争よりずっと後のことのように感じていたが、実は日露戦争が1904年から1905年であるから、第一次世界大戦の始まりはそれから10年しか経っていない1914年に始まったのである。
必ずしも西暦にこだわることもなかろうが、変化の激しい年号に頼っていては、時代感覚を誤りやすい。戦前のことは明治維新を基準にして数えると、敗戦の昭和20年が77年後ということになり、そこから数えて今年が80年、昭和の初めから数えて100年ということになる。
しかし、それより西暦一本槍にして、今年が2025年、日本の敗戦が1945年、明治維新が1868年を基準として読む方が時間の感覚として分かり易いのではなかろうか。大きな出来事から何年というのも大事であり、それを利用するのもよいが、通年的に歴史を正しく捉えるためには、一つの基準で行くのが便利だし、径時的な感覚がわかりやすいのではなかろうか。
昭和の後も、短い平成があり、令和と変わると、昭和何年、平成何年と言われても、すぐには何年前のことなのか判かりにくい。私にとっては、年号は煩わしいだけのものであり、原則として、西暦しか使わないようにしている。