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股火鉢(またひばち)

 「股火鉢」などと言う言葉を覚えている人はもう限られてしまったのではなかろうか。

 まだヒーターやエアコンのなかった頃の日本では、冬の暖房は、もっぱら火鉢と炬燵が主力であった。寒い地方では居間に囲炉裏の備えられた所も多かったが、関西では、先ずどこの家でも火鉢と炬燵で冬を越したものであった。

 どこの家にも大抵、居間にひとつ、大きな瀬戸物で出来た火鉢があり、それが主な暖房施設だったので、自然と、その火鉢を囲んで家族が集まり、暖をとりながら話をしたりしたものであった。

 大きな火鉢は、その中に灰が込められ、その真ん中に赤く燃えた炭火が置かれ、それを囲むように五徳が置かれ、その上に薬缶が乗っていて、お湯が沸かされなどしていたものであった。炭火は時々火箸で灰をかき回したり、炭を補給してやらねばならないし、人のいない時などには、火種を残し、長持ちさせるために、火箸や灰押さえで、火に灰を被せたりしたものであった。

 火鉢の他には、石油ストーブは戦前にはなかったが、電気ストーブや瓦斯ストーブなどはあったが、停電などもよくあり、まだ広く普及しているようなものではなく、来客時その他、特別の時に使われるぐらいのことが多かった。

 そう言う時に居間を離れて、別の部屋で勉強するなり、仕事するなりする場合には、もっと小さい個人用の火鉢を使うことが多かった。上に述べた大きな火鉢と違って、小さいから火力も弱い、手あぶりぐらいのことが出来るぐらいのものが多かったが、手をかざして本を読んだりしているうちに、少しは温かくなり、眠気がさして来て、つい指先が燃える炭火の近くまで落ちて「あちち・・・」と言うことで、目が覚めたリしたものであった。

 しかし、手をかざすぐらいではなかなか温まらない。自分の部屋で誰も見ていないし、つい寒いので起き上がり、火鉢の上に乗っかかるようにして、下の方から暖を取るようにしたりしたものであった。こうするのが一番効率が良く、体全体を温めやすいのである。「股火鉢」と言ってこっそり人々に愛用されていたようであった。

 先日何かの話の弾みに「股火鉢」という言葉が出て来て、つい懐かしく昔を思い出したものである。また、今は夜もエアコンのおかげで寒さ知らずに朝までぐっすり寝れるし、部屋が暖かいので朝も布団からさっと起き上がれるが、昔は夜は湯たんぽで暖をとって何とか眠れても、朝目覚めて起き上がり、暖かい布団の中から寒い外へ出るのが辛く、もうちょっとだけ、もうちょっとだけと、布団にくるまったまま、起きるのを躊躇したものであった。

 今では懐かしささえ感じる、貧しい昔の日本の冬の姿であった。




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