毎年、正月元旦には三社巡りと言って近くの呉羽神社、伊居太神社、それに八坂神社と巡り歩くことにしていた。無神論者の私がどうしたことかとお思いでしょうが、お参りに行くわけではなく、新春は時間があるので、散歩の目的地として、普通の市街地とは趣が違い、目標にしやすいからである。
単なる散歩の目標地点で、そこで一休みすることにしている訳である。三社というのも、途中で猪名川の堤で、初日の出を見るのが楽しみだからである。初詣でなくとも、神社やお寺は散歩の目的地としていつも使わせてもらっているのである。
ただし、それもこの2~3年は体力が弱り、三社を巡るのが無理となり、今年は一番近い呉羽神社へ行っただけとなった。それでも、近年は初詣の参拝客も多くなったので、その人たちの行動を観察するだけでも結構楽しいものである。
先ずは、これだけ年寄りが多くなった世の中なのに神社へ来ている人は圧倒的に若い人が多いようの思えてならないことである。それに、昔は初詣といえば、晴れ着を着て出かけたものだが、近年は皆普段着のままで、わざわざ晴れ着を着てくるような人は殆ど見かけなくなった。
また、近年はどこの神社へ行っても、おみくじが大流行りのようで、引いたおみくじが丁寧に折られ、無数に飾られているのを見ることが多い。
お参りの仕方も変わってきたようである。大勢の人がぞろぞろと無秩序に参道を進んで、拝殿に向かうのではなく、一列に並んで順番を守って、一人一人が拝殿の中央に進んで拝むのが今風らしい。
昔はバラバラに参道を進み、拝殿の前まで来ると、大勢の人だと、皆が中央に立てないので、横に広がってそれぞれに参拝していたものだった。大勢の参拝客で賑う時などは、皆が適当に横に広がったまま拝んで、それぞれがバラバラに賽銭を入れたりして拝んでいたものだった、どうしても正面の真ん中で拝みたい人は人垣を潜って正面の中央へに行って、お参りしたものである。
神社の方もそれに対応して、正月だけは臨時の横に細長い賽銭箱を作り、横の方しか行けなかった人もそこで拝んで前まである賽銭箱に賽銭を投げるようにしていたものであった。拝殿の前まで行けなかった人の中には、後ろの方から賽銭を投げる人までいたものだった。
ところが今では、一人づつ行列を作って、皆が拝殿の正面に立って参拝するのが普通
になっているようである。そのため長い参拝客の行列が出来、それが拝殿前から参道に伸び、境内からもはみ出して、神社の外の道路まで続き、延々それが駅近くまで伸びていることすらあるようである。
買い物にしろ何でも、行列を作って並ぶ習慣が社会的に定着したためか、昔は見られなかった風景が今やどこの神社でも見られているようである。
初詣と言っても時代によって変わってきているのが興味深い。
パソコンのトラブルで遅くなりました。