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体の衰え

 96歳にもなると、見かけは八十代後半とさして変わらないので、会った人たちは歳を聞いて「お元気ですね」とびっくりするようだが、見かけと中身は違うもので、もうアチコチ元気でない所ばかりである。

 私の場合、91歳までは初老の頃とあまり変わらず何でも出来たし、好きな様に行動していた。ところが丁度コロナの流行る直前に、真鶴半島の先にある中川政一美術館へ行き、半島を歩き回ったためか、翌朝、急に腰痛で間欠性破行になり、旅程を打ち切って帰らなければならなくなったのが最初の兆候であった。

 幸い、骨に異常なく、間欠性破行も7〜8ヶ月で良くなったが、歩く速度が遅くなり、転倒し易くなったので、3輪の歩行補助器を求めて外出時にはそれを利用するようにした。ところが元々せっかちのあわてんぼうのためか、歩行車に任せて急いで歩くものだから、歩行車が穴に嵌頓してで転倒。時系列だけから言えば、それが血小板減少性紫斑病につながっていったことについては、すでに書いているので省略するが、丁度コロナで外出を控えねばならなくなったのと、この血液疾患で入院、加療、生活の変化が重なって、体力の衰えにつながっていったことも確かであろう。

 しかし、この歳になると、そうした病気などには関わらず気力、体力の衰えは致し方ないものであろうか。80過ぎてからずっと続けて来た腕立て伏せや椅子からの立ち上がりなどの等張性運動も続けられなくなったし、散歩などで歩くスピードも落ちたし、行動範囲も以前の半分ぐらいに狭まった。

 家の中でも歩数が減り、階段の上がり下りなどでは、手すりや壁に捕まらないと不安だし、自然と小股歩行になる。ソファなどに深く座ると、一度で立ち上がれず、二度立ちをしなければならなくなる。夜トイレに行く時には、暗いので余計に慎重に壁などに捕まり、小股で

ゆっくり行くようにしている。

 細かい動作もうまくいかないことが多くなり、新聞のページを捲るのに困ることも多くなるし、この頃流行りの食品のプラスチックのカバーなどをはずしたり、ボトルの蓋を開けるのも難しくなる。小さな飴のプラスチックカバーを外すのに手間取って、なかなか飴が食べられないようなこともおこる。

 昨日はまた、門灯が切れたので取り替えるべく、カバーを外そうとして捻じ回しを使ったが、硬くてどうにもならなかったが、娘が簡単に外してくれた。どうかすると窓のロックも外しにくい。

 手足だけではない。五感の衰えも止まらない。このブログでも、既に色々と触れもしたが、最近は見間違いが酷くなったし、日常会話が聞こえなかったり、聞き間違いが多くなりで、意思の疎通にまで関わってくる。

 昨日も携帯が見当たらず、あちこち探せど何処にもない。仕方がないので女房の携帯で呼び出して貰おうとして、ふと下を見ると携帯がそこのあるではないか。黒い棚に黒いカバーの携帯があるのが見えなかっただけのことであった。

 物忘れもひどくなっているのであろうが、自分ではまだ認知症とまでは行っていないだろうと思っているが、果たしてどうだろう。事実は分からない。何もかも衰えてくるのは仕方がないが、まだそれを楽しみの材料に使っている間は良しとしなければならないのではないかとも思っている。

 




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