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蝉の世界も変わった

 蝉の世界も変わった。私が子供の頃は夏休みには決まって蝉取りをして遊んだものだが、蝉にも色々種類がある。毎年六月頃から先ず鳴き始めるのが「にいにい蝉」で、羽が鼠色の模様で覆われ、木の下の方の幹にもよく止まるので、よく手でも捕まえることが出来たが、少し小型で、見かけもあまりよくなく、あまり鳴かないので、よく捕まえたが、もう一つ人気がなかった。

 ところが、夏休みの頃になると蝉の世界も油蝉の世界となり、何処へ行ってもミーンミーンと鳴き声でうるさく、ちょうど夏休みの時期にもなるので、子供から、もの好きな大人まで蝉取りに夢中になる人も多くなる。

 虫取り網で狙うことが多かったが、木の高い所にとまることが多いので、網では届かず、もちの木の樹皮から取った「とりもち」を長い棒の先に塗りたくって、それで捕まえようとする人も多かった。

 その頃の夏休みの蝉といえば殆どと言って良いぐらい油蝉であったが、中にクマゼミもおり、こちらはアブラセミより少し大きい目で、透明な羽でカーキー色の鳴き袋を備え、油蝉より格好が良く、油蝉よりずっと少なかったので、一段上の憧れの蝉であった。それを捕まえるのが自慢の種にもなっていた。

 そして八月も半ば、お盆を過ぎる頃になると、今度はツクツクボウシが鳴き始めたものであった。ホーシーツクツク、ホーシーツクツク、ツクツクボーシ、ツクツクボーシ、と特有な鳴き声で夏の終わりを告げているようであった。

 お盆にも因んでか、その鳴き声から法師蝉とも言われ、夏の終わりの寂寥感にも一致し、そこに鳴き声が人々をせき立てるようで、蝉の中でも小柄なくせに人々に強い印象を与えて来たものであった。毎年この法師蝉の鳴き声を聞くと、「もう夏休みも終わりだぞ、いつまでもダラダラとしていないでしっかりしろよ」とせきたてられているような感じにさせられたものであった。

 こんな長い蝉との付き合いの人生であったが、知らないうちに蝉の世界も変わっていっているようである。最近はニイニイゼミなどもう殆ど見かけなくなったし、夏場も、昔は油蝉ばかりだったのが、今はクマゼミばかりと言っても良いぐらいで、油蝉がすっかり減ってしまった。もう憧れのクマ蝉ではなくなってしまった。それに今年も、もうお盆も過ぎたというのに、まだ法師蝉の声を聞かない。この2〜3年ぐらいからのことであろうか、あの馴染みのつくつく法師の声を聞かないと、夏の終わりの寂寥感を感じることが出来ないのは甚だ残念である。

 地球の温暖化や近隣の都市化など、色々な条件の変化で蝉の世界も変わって行くのであろうが、長年ここで生きてきた老人にとっては、子供の頃からの周りの様子が変わってしまうのはやはり寂しい感じがするものである。




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