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規制すべきは表現自体よりも表現の結果

殺害予告については、「殺害予告によって生じた結果について責任を問うているのであって、殺害予告自体を禁止しているのではない」というのが私の理解です。間接的な表現規制ではあるが、直接の規制ではないことに、私は意義を見出しています。

これは侮辱や名誉棄損も同じで、表現そのものではなく、表現の結果について責任を問うものであるから、「バカ」とか「アホ」とか口にすること自体を国が禁じているわけではありません。私は現状の侮辱罪や名誉棄損罪を消極的に支持しますが、もし表現そのものを禁ずる法律であったなら、私個人としては不支持です。

薬事法(の少なくとも一部)を私が支持しないのは、表現そのものを規制するからで、私はそのようなやり方は間違っていると思います。有象無象の「健康食品」に対して、「特保」という認証制度で対応したように、健康情報についても、信頼できる情報に行政がお墨付きを与え、逆にお墨付きのない情報は信頼に値しないことをキャンペーンするという方法を、真面目に追求してほしいと思っています。

あと、個人的な関心事としては、先日の自民党改憲案の表現の自由に関する箇所へのはてブの盛り上がりと見比べると、この矛盾はいったい何なのかと。あんなのは所詮、憲法12条の内容を繰り返しているに過ぎない。「秩序」を「福祉」に修正しろ程度の話ならともかく、あるいは屋上屋だから冗長というだけならともかく、立憲主義とは云々みたいな非妥協的な主張が人気でしたよね。

平素は「まあ、現実的には必要悪か」と思って黙ってる私ですけど、ああいうのを見せられると、「それなら私だって、内心の主張を表明させていただきますよ」と。

追記(2016-12-01 18:39:31)

感情が高ぶって「ぶっ殺してやる!」と叫んだ途端に警察に通報されて前科がつく、みたいな社会に、現在の日本はなっていない。しかし、もし日本で直接的な表現規制が行われているなら、そういうことになるわけです。

民事訴訟で賠償命令が出て、表現の委縮は生じるでしょうが、私はそれを問題視しない。表現の結果に責任を問うことには、反対していないからです。

司法の強制力はまさに国家権力によるものであって、これも間接的な表現規制には違いありませんが、公権力が表現自体を直接に規制する話とは、一線を引くことができると私は考えます。

はてなハイクより転載)

 



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