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ヒトラーのような独裁者は殺すしかない

ミュンヘン会談 - Wikipedia

 

 

第二次世界大戦が2千万人以上の犠牲者が出た原因は、ヒトラーの率いるナチスドイツ軍がまだ軍備が整わなかった時にイギリス、フランスなどの大国がドイツを攻撃しなかったから。1938年頃はまだドイツ軍は戦争の準備が出来ていなかったのに、周囲の国はヒトラーの恫喝に恐れをなして攻撃しなかった。

 

 

今は日本では衆議院が解散されて総選挙が行われているが、恐らく今回の衆議院選挙は自民党が圧勝すると思うので、その結果が出た時にブログ記事に書くことにして、戦後の国際連合は国連軍の武力介入を許可している理由について書こうと思う。

 

「第二次世界大戦はなんで世界規模の大戦争になったのか?」という疑問に対しては、世界史に詳しい人が答えると、「ヒトラーが率いるナチスドイツがまだ軍備が整わなかった時に戦争を始めてナチスドイツを潰さなかったから」というのが、模範解答になるだろう。実際、1939年9月にナチスドイツ軍がポーランドを侵略した時にはまだドイツ軍の軍備は十分ではなくて、ドイツ軍がポーランドを攻撃した時にイギリスとフランスはドイツに対して宣戦布告をしたのだが、第一次大戦でヴィルヘルム2世の率いるドイツ第2帝国と戦争をして大量の犠牲者を出した両国は、国民の反対もあってドイツを攻撃するのを躊躇した。しかし、この後、この躊躇のせいで第二次大戦は世界規模の大規模な戦争となり、1945年8月に日本が降伏するまで約6年間も続いて、約2千万人もの犠牲者が出る世界大戦となってしまった。

 

上の写真はナチスドイツ軍がポーランドを1939年9月に攻撃して第二次大戦が始まる前の1938年9月29日にドイツのミュンヘンで、ヒトラー、イタリアのムッソリーニ、イギリスのチェンバレン首相、フランスのダラディエ大統領がチェコ問題について話し合ったミュンヘン会談の時の写真である。チェコ問題とは1938年3月にオーストリアをドイツに併合した後にヒトラーが、「ドイツ系住民の多いチェコ領内のズデーデンランドをドイツに併合するように」と要求した問題である。この会談でドイツ、イタリア、イギリス、フランスの首脳は、「ヒトラーはこれ以上の領土要求は行わない」ということを条件に、ズデーデンランドをドイツに併合することを認めた。この会談の後、「平和が保たれた」と言ってイギリスとフランスの国民は喜んだが、犠牲とされたチェコの国民は激怒していた。その後、ナチスドイツ政府はミュンヘン会談の協定を破ってチェコスロバキアを解体して、チェコスロバキアの西半分をドイツの保護国とした。

 

ミュンヘン会談の説明。

 

ja.wikipedia.org

 

しかし、その後、1939年の春にはヒトラーはドイツ軍にポーランド侵攻の準備を進めさせて、第一次大戦後のヴェルサイユ条約でドイツ領から取り上げられたポーランド領内のダンツィヒ地区をドイツに併合させるように英仏に要求してきた。ミュンヘン会談で取り決められたはずの、「これ以上の領土要求は行わない」という取り決めはあっさりと破られてしまったのだった。オーストリア、チェコに続いて、さすがにこれ以上の領土要求は認められないと、ドイツが1939年9月1日にポーランドを侵略する直前に英仏はポーランドと軍事同盟を結んだ。これが第二次世界大戦が始まった経緯である。

 

この第二次大戦が始まる前か、ドイツ軍がまだポーランドを攻撃中でドイツ軍が弱かった時期に、ヒトラーのナチスドイツに譲歩せずにイギリスとフランス軍がドイツを攻撃していたら、第二次世界大戦は起こらずにチェコ紛争かポーランド紛争で終わり、戦死者も2千万人ではなくて1万人ほどで済んだはずだった。実際、ドイツ軍の将軍たちは、「もしミュンヘン会談の時か、ポーランドでドイツ軍が戦っていた時に英仏軍が西からドイツを攻撃していたら、ドイツ軍には英仏軍に対抗する戦力はなかったので降伏するしかなかった」と証言をしている。

 

 

ロシアのプーチン、北朝鮮の金正恩、ベネズエラのマドゥロなど、現在でも独裁者は世界に存在する。彼ら独裁者はヒトラーと同様に話し合いで平和に解決しようとすると付けあがって領土、大金などを要求するだけなので、軍事力で潰すしかない。ベネズエラ国民の多くが、マドゥロ大統領が米軍に拘束されて喜んでいるのを見ればわかる。

 

 

このブログ記事はウィキペディアなどの歴史的事実を参照しながら書いた事実である。だから、ヒトラーのような領土的野心をどんどんと広げる独裁者に対しては、第二次大戦前に英仏政府が行ったような宥和政策は全くの逆効果にしかならない。実際、宥和政策を進めたイギリス首相のチェンバレンは、ドイツ軍が1940年5月10日にオランダ、ベルギー、フランスに対して攻撃を始めて、ノルウェーを占領するのが確実になった時に、国民からすさまじい罵声を浴びせられて首相を辞任して、その後、11月に亡くなった時にはイギリス軍と国民が苦戦をしている時であり、彼の葬式には親戚と親しい友人しか来なかった。

 

このヒトラーのような邪悪な独裁者を殺すしかないという記事を今書いた理由は、現在の世界でもロシアのプーチン、北朝鮮の金正恩、それに1月初めにアメリカ軍によって拘束されたベネズエラのマドゥロ前大統領のような独裁者がいるが、彼らはヒトラーと同じで話し合いで譲歩をすると、ますます調子に乗って付け上がるだけなのである。だから、ウクライナ国民はアメリカと西ヨーロッパ諸国の助けを受けながら4年間も戦争を続けているし、北朝鮮も日本に何度もミサイルを撃ってくるので、厳しい経済制裁を20年以上も続けている。マドゥロはアメリカの特殊部隊が電撃的に彼の邸宅を襲撃して拘束をした。この突然の軍事行動には国際法的に問題があるかもしれないが、ベネズエラ国民は喜んでいるようなので、これで良かったのだと思う。

 

とにかく、今の世界にもヒトラーのような独裁者は世界中にいるが、そのような国際社会のルールを守らない独裁者は殺すまで戦うしかない。これが、戦後の国際連合には国連軍を編成をして武力介入が許可されている理由である。

 




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