
- ドイツのショルツ政権は今年2月の総選挙で政権与党の社会民主党が敗北したので、ドイツの政権としては珍しく3年半という短命政権で終わることが決まっている。
- ショルツ内閣が発足した時はまだコロナ流行の出口が見えず、内閣発足数か月後にはウクライナ戦争が起こったので難しい時期の政権運営だった。ポピュリズム政党のドイツのための選択肢が総選挙で第2党にまで躍進したことが、今のドイツの難しい状況を象徴している。
ドイツのショルツ政権は今年2月の総選挙で政権与党の社会民主党が敗北したので、ドイツの政権としては珍しく3年半という短命政権で終わることが決まっている。
写真は5月上旬には首相を辞任することが決まっているドイツのオラフ・ショルツ首相。
2005年11月から2021年12月までという16年も続いたドイツ初の女性首相のメルケル政権とは違って、ショルツ政権はたったの3年5か月というドイツの政権としては異例ともいえる短命で終わることが、2025年2月に行われたドイツ連邦の総選挙で決まってしまった。ショルツ政権が崩壊した理由は、2024年11月に連立を組んでいた自由民主党(FDP)のリントナー党首が財務大臣を務めていたのだが、2025年度の予算の財源を巡ってショルツ首相と対立をして、リントナーはショルツ内閣から去ってしまい、同時にFDPも連立政権から離脱したからである。この結果、ショルツが所属する社会民主党(SPD)は連邦議会では少数与党となり、不信任案が可決されてしまったのである。ショルツ内閣のウィキペディアの説明はこちら。
ショルツ内閣が発足した時はまだコロナ流行の出口が見えず、内閣発足数か月後にはウクライナ戦争が起こったので難しい時期の政権運営だった。ポピュリズム政党のドイツのための選択肢が総選挙で第2党にまで躍進したことが、今のドイツの難しい状況を象徴している。
ただ、恐らく多くのドイツ人は、ショルツ首相は戦後のドイツでは最も難しい時に首相を務めていたと思っているだろう。ショルツ内閣はまだコロナ流行の出口が見えない時期に誕生して、内閣誕生からたったの2か月ほど後の2022年2月末には、プーチンの率いるロシア軍によるウクライナ攻撃が始まった。前の首相だったメルケルは東ドイツ出身でロシア語がしゃべれたから、プーチンとはとても仲がよくて、ドイツで必要とする天然ガスをロシアに依存するなど、親ロシアの外交を行った。それが、2022年2月末のウクライナ戦争勃発で、ドイツは親ロシア外交を止めることとなった。ドイツは第二次大戦で独ソ不可侵条約を破ってソ連を攻撃した過去があるから、日本が中国に土下座外交を行っていたように、ドイツもソ連とロシアに土下座外交を行わざるを得なかった。ショルツ政権ではその方針を180度見直すこととなったのである。
だから、結論から言うと、SPDのショルツ首相とその閣僚たちはそんなに無能だったのではなくて、内閣が成立した時期が極めて難しい時期だったので運が悪かったといえる。わかりやすく言うと、ショルツの前のメルケル政権が移民難民に対して寛容すぎる政策などの課題をたくさん残したので、ショルツ政権は国民の要求に応じて、メルケル政権が残した多くの課題を修正する必要に迫られたといえる。巧みな宣伝活動で支持者を拡大したポピュリズム政党だったヒトラーのナチス党が選挙で選ばれた教訓から、ポピュリズム政党が支持されにくい戦後のドイツで、ポピュリズム政党のドイツのための選択肢(AfD)が連邦議会選挙で第2党にまで躍進したことが、ショルツ政権は極めて難しい時期に政治を行ったことを示している。
来月の6日からはSPDとキリスト教民主同盟(CDU)が大連立を組むメルツ政権が発足するが、ポピュリズム政権のAfDが第2党なのに極右政党だから誰も閣僚には入れてはいないので、難しい政権運営になることが予想されている。だが、このままドイツ政府が移民問題、長引くウクライナ戦争という課題を解決できなければ、メルツ政権の次は遂にAfDが選挙で第1党にまで躍進して、ポピュリズム極右政党のAfDによる政権が誕生する可能性もある。