
- 渡辺恒雄という老害がやっと亡くなったが、2004年に近鉄バファローズが消滅して球界再編問題が起こった時に「たかが選手が」と言ったり、2011年に東日本大震災が起こった時も「予定通りに3月末に開催する」と言ったり、ほとんど良い点が見つからない。
- でも、読売新聞と巨人軍の関係者は絶対にナベツネの批判はできないのだろう。仙台に住む野球ファンとしては、ナベツネの頑固な態度のお陰で仙台に東北楽天が誕生したことだけが、唯一感謝できることだけど。
渡辺恒雄という老害がやっと亡くなったが、2004年に近鉄バファローズが消滅して球界再編問題が起こった時に「たかが選手が」と言ったり、2011年に東日本大震災が起こった時も「予定通りに3月末に開催する」と言ったり、ほとんど良い点が見つからない。
既に数日前のことになるが、渡辺恒雄という読売日本グループの社長会長を務めていた老害がやっと98歳で亡くなった。まあ、10年ほど前からほとんど引退状態だったが、やはりたまに読売グループとか日本の政治経済とかにフィクサーとして色々と影響力があったのだろう。
故人を悪く言うのは気が引けるが、太平洋戦争時にほぼ独裁者だった東條英機大将、インパール作戦を強行した牟田口中将が死後も色々と批判されているみたいに、この人の良い点は探してみてもほとんど見当たらない。
僕は仙台市民なので今はプロ野球では東北楽天のファンだが、その前は全試合テレビ中継が見れるのは巨人だけだったので、とりあえず巨人を応援していた。でも、巨人が日本一になった時も長年オーナーだったナベツネが喜ぶ姿だけは見たくなかった。
そして、2004年に近鉄バファローズが消滅して球界再編問題が起こった時に、選手会がストライキを起こす計画をしていて、古田選手会長がオーナーと話し合いたいという意思を伝えた時に記者に対して「たかが選手が」とナベツネが言って、その後、巨人の選手たちも何も言わなかった時に、「もう巨人はダメだな」と思い、仙台に東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生したこともあって、その後は大のアンチ巨人になった。
その後、2011年に東日本大震災があった時にも、パリーグが3月25日の開催を4月12日の開催に延期を決定した時も、「セリーグは予定通り3月25日に開催する」と発言して、被災した人々を無視した発言をしたし、プロ野球のファンサービスを考慮した発言があった。1993年にプロサッカーのJリーグが始まった時も、Jリーグの川渕チェアマンはJリーグチームは地域に密着したチームを目指してスポンサー名を外すことを目指していたが、読売グループが経営しているヴェルディ川崎(当時)だけは、読売ヴェルディというスポンサー名を付けた名前にすると主張した。こうして見ると読売新聞グループの利益だけを考えていて、良い点がほとんど見当たらない。展開的な考え方が一昔前の保守的で固まった老害だった。
でも、読売新聞と巨人軍の関係者は絶対にナベツネの批判はできないのだろう。仙台に住む野球ファンとしては、ナベツネの頑固な態度のお陰で仙台に東北楽天が誕生したことだけが、唯一感謝できることだけど。
でも、こんなナベツネのような人でも、やはり読売新聞グループの関係者、読売巨人軍の選手、OB、関係者は誰も批判できないのだろう。その証拠に、王さん長嶋さんなどは「この人のお陰で自分はスター選手として大成功できました。心から哀悼の意を表します」などと、取材に対して答えている。まあ、彼らは絶対にナベツネの悪口は言えないだろう。
僕のような普通の野球ファンにとっては、2004年の球界再編問題の時にナベツネは2リーグ制を11チームの1リーグ制に変える方針を表明したが、それに対して日本野球機構はプロ野球に新規参入する企業を募集して、それに対して楽天の三木谷社長とライブドアの堀江社長が手を挙げて、仙台に東北楽天が誕生した。だから、ナベツネに唯一感謝できることと言ったら、ナベツネの頑固な意見のお陰で仙台に東北楽天が誕生したことぐらいだろう。(苦笑)