
参議院選挙が近い。どの政治団体の政治家も多少の差異はあっても「次の世代に負の遺産を残さない」的なことを仰っている。僕はそれを聞くたびに「僕ら(就職)氷河期世代のことを指しているよね」と思う。被害妄想が強すぎるのか、あるいは、意識過剰かもしれない。しかし、ここ最近、これまで見捨てられてきた氷河期世代を手のひらクルクルーで、氷河期世代支援の重要性が唱えられており、それは言いかえれば、氷河期世代が社会のお荷物というか、負債であることの裏返しだ。それがやたら目立ち、かつ、わざとらしいからムカつくのだ。
僕は氷河期世代だ。バブル期の恩恵を受けることはなく、バブルの残光すら浴びることはなかった。いざ社会に出るときは、就職状況は「風雲たけし城」や「SASUKE」のトラップ級の厳しさ。100社エントリーシートを手書き(!)して、最終選考まで進めたのは数社。無理ゲーだった。同じ世代は、やむをえず、しかたなく、定職に就けず、生活のためにフリーターや派遣社員になったりした。
そのまま時が流れて、今さら人気取りのためか、国はやってます感アピールか知らんけれど、氷河期世代支援をはじめている。あわよくば人が足りない分野のきっつーな仕事に送り込もうとしている。不景気で働き手は余っている、雇用する余裕はないという理屈で放り出したのに、働き手が足りなくなったら、氷河期世代で穴埋めすればいい、彼は人数だけは多いからね!社会保険を圧迫させる世代を働かせれば一石二鳥!なんて素晴らしい発想なのだろうか。馬鹿!実際のところ40代後半から50代になってからわざわざ新しい挑戦をする奴はいない。これまでいいようにやられてきてなぜ国を助けなければならんのだ、と考えるのが普通だろう。
それにこの世代は中高年で心身ともにボロボロなのだ。僕も、中間管理職として残業代もつかずにヒーヒー働かされている。下の世代からは管理職は罰ゲームとやれといわれてもやりたくない、と言われ、新人たちはポンポンと昇給する。僕が10年ぐらいかけて辿り着いた給与額に今の新卒は3年で到達している。たまったものではない。それでも僕は氷河期世代のなかではうまくやってきた方だと自負している。生まれた世代は運がなかったけれど、なんとかしがみついた環境で頑張って、努力クレーンで自分を持ち上げれば、自分だけのバブルを味わえるのでは、そう期待して30年頑張ってきたけれど、ダメでした。ストレスで体はボロボロになり、肉のクレーンは下を向いたままだ。
振り返れば、いろいろなものを諦めてきた。毎晩夜遊びしてタクチケを使いまくりたかった。世襲政治家になって悪いことをして隠蔽のためにドリルでパソコンを破壊してみたかった。ディスコ「トゥ-リア」で照明が落ちてくるまでお立ち台で激しいダンスをしたかった。氷河期世代は、そんな夢を全部諦めて、たどり着いた現在地が「負の遺産」呼ばわりである。きっつー。「自己責任」という言葉がもてはやされたのもあの頃だ。自力ではどうにもならない状況に対しても責任を問われた。「派遣社員は自分で選んだ道だろう」「誰も強制していない。決めたのはあなただ」と。強制はされていないが、そもそも選択肢がなかった。それを自己責任という言葉で押し込められたという感覚が僕にはある。で、今になって世の中のお荷物扱いされている。しまいには「次の世代に残したくない負の遺産」扱いだ。
「過ぎたことをいつまでも愚痴ってて氷河期世代めんどくせえなぁ」というご意見もあるかもしれない。しかし、僕が子供の頃から政治家は「次の世代に負の遺産を残さないため」みたいなことを言っている。なぜか。簡単だ。言っている時点では答え合わせができないからだ。で、次の選挙のときには新しい次の世代があらわれ「次の世代に負債を…」となるのだ。つまりその時々で答えが出ないことを言ってるだけ。だから今の選挙演説でも皆言っているのだ。次の世代云々は、答え合わせができず、何か良いこと言っている感がする使い勝手のいいフレーズなのだ。そうやってきた答え合わせをせずにやってきた結果が今の少子高齢化や人手不足であり、氷河期世代の放置だ。僕ら氷河期世代が次の世代と言われた時代もあったはずだけどこの有様なのだよ。
つか「国民の生活が大事」とか「国民の給与を増やす」と言っている政治家の皆さんはバカなのではないかと思う。そんなの当たり前すぎるだろう。ムカつくからそろそろ氷河期世代絶対保護をかかげた政治団体「氷河の党(仮)」が出てきてもいいはずだ。支持層は厚く、不満はマグマのように熱いぜ。(所要時間27分)