
こんにちは、暖淡堂です。
相変わらず色々な本を読んでいるのですが、その中でも最近時間を見つけては繰り返し手にしているのが「臨済録」です。
「臨済録」との出会い
この本を僕が最初に読んだのはもう20年くらい前になります。
仕事が忙しくなって、色々と思い悩むことが増えていました。
何かに悩むと、本を読むようにしていて、それはずっと以前から変わりません。
もともとは西洋哲学系の書物を読むことが多かったのですが、この頃、東洋思想系の書物を読み始めました。
「老子道徳経」を読んだ後、中国の古典が面白くなって、次にこの「臨済録」にチャレンジしてみました。
一読して、すぐに中国の歴史の知識が必要だと思い、歴史書にも手を出しました。
その流れで「十八史略」や「管子」とも出会いました。
臨済録とはどのような書物か
で、「臨済録」、これはどのような書物でしょうか。
「臨済録」は中国の唐の時代の後半に生きた臨済という人の語録です。
禅宗の一つ、臨済宗の臨済です。
「臨済録」に記録されている臨済の言葉は、唐の時代の終わり頃、混乱を深める状況の中で、どのようにして自分を見失わないで生きていくのか、それを仏教や禅の考え方を利用して人々に時続けているものです。
世の中の動乱に惑わされて、すでにそのままで人間として完成しているという状況を見失ってしまっている人たちに、今現在の自分を信じよ、と言い続けています。
一読、「ああ、現代を生きる自分たちが欲している言葉が、すでに1000年以上前に語られていたのだ」と感じました。
それで、この臨済録は、いつも手元にある書物になっています。
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読んでいると、これは自分の言葉で語り直したいと思うようになりました。
それで、すでに素晴らしい訳書が多数あるのですが、自分でも原文データの整理から現代語訳まで挑戦してみました。
まとまったので、KINDLEで販売しています。
「臨済録」という書物のこと【古典文学:臨済録】

dantandho