こんにちは、暖淡堂です。
定年時のリフレッシュ休暇、本日最終日です。
先週、ふと杉田かおるさんの「鳥の詩」のことを思い出して、YouTubeで探していたら、見つけました。
岡田由紀子さん歌唱の「鳥の詩」。
おっと思ったのですが、岡田由紀子さんのAI voiceによるカバーとのこと。
その動画が以下です。
はてなのYouTube動画貼り付け機能ではリンク表示できなかったので、リンクとして貼り付けました。
で、これを聴いて思ったこと2点。
データになるものは、AIで作れてしまう
実際に岡田由紀子さんが「鳥の詩」を歌うことがあったのかどうか、知りません。
が、AIで岡田由紀子さんの声の元データが作れるのであれば、その声で歌わせることは可能ということですね。
この動画がそれを示しています。
声の元データがあれば、もちろん話させることもできますね。
データの世界では、もう「本物」と「作られたもの」との違いはわからなくなっているということかもしれません。
先に作られたものと、それが修正されたものとの区別は、ハッシュ値のようなもので管理可能かもしれませんが、「本物(例えば本人歌唱)」と「作られたもの(AI voiceによるカバー)」などは、ちょっと難しそうです。
改めて、そんな時代になっているのだな、と感じた次第で。
データの世界、恐るべし。
無かったものにも懐かしいと感じてしまう
岡田由紀子さんが歌う「鳥の詩」、僕はおそらくこの動画で初めて聴いたはずです。
(すっかり忘れっぽくなっているので、自信はないのですが・・・)
それを聴いて、「とても懐かしい」と感じました。
そもそも「鳥の詩」自体が懐かしいので、それを誰が歌っていても懐かしいと感じるのかもしれませんが。
それでも、この動画を観ていて、岡田由紀子さんのいた時代のことをたくさん思い出しました。
岡田由紀子さんのファンだった大学の頃の友人数名のこと、薄暗かった大学の廊下のこと、その時代にあったこと、など。
その思い出と「鳥の詩」の内容が、とてもマッチしていて。
そういうものをうまく組み合わせることができたら、とても「懐かしく」感じるのだろうなあって思いました。
何かの導きの糸になるものを一つ、それにある感情を誘うものを組み合わせる。
今回の動画では、時代を思い出させる「岡田由紀子さんの声」、それに懐かしさを感じさせる「鳥の詩」。
これって、創作にも当てはまるのかもしれません。
AI恐るべし、と感じましたが、さらに、AIを用いた創作の形の可能性も、同時に感じました。
*☺☺☺☺☺*
「鳥の詩」 岡田由紀子(AI) 懐かしさって、なんだろう?

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