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神田須田町・あんこう鍋・いせ源 その2

引き続き、神田須田町、旧連雀町あんこう
[いせ源]。

連雀町というのは昨日書かなかったのだが、明暦の大火
(明暦3年(1657年))以前にさかのぼる古い町名、
で、ある。

連雀とは、連尺と書くのが元で、ものを背中に
背負う際に使う道具のこと。このあたりにその連尺を
作る職人がいたからでは、という。
これがその明暦の大火で焼けた後、幕府により連雀町
住民はまとめて、郊外移住を命じられ、移住した先が
今の三鷹市
三鷹市に今も上連雀下連雀という町名があるが
ここという。
移住した際に、それまで住んでいた町名をそのまま
引き継ぐことは通例といってよい。
まあ、旧連雀町、そんな逸話のある町名ではある。

閑話休題

[いせ源]のあんこう鍋、で、あった。

これで二人前。
一人前、4,000円也。

お通しもきた。

三つ葉中心のおひたし、と、いった感じ
で、あろうか。

この鍋は、意外に入っているものの種類は多い
かもしれない。

目立つところから書いてみよう。

中央にあん肝二つ。

これは、今、和食やなどで出されるあん肝と同じもの。
自分でも作るが、生のあんこうの肝に下味を付けて
蒸したもの。

あん肝の下がたっぷりと、三つ葉

椎茸。生から湯通ししたもの、か。

銀杏。

そこに柚子の皮。

きぬさや。

ちょっとわかりずらいが、その左、白く細長いのが
独活(うど)。独活は独活でも、山菜のいわゆる
山独活ではなく、小平、国分寺といった東京北多摩
地区で作られている、白い独活。畑の下に穴を
掘った室で日を当てずに栽培されている柔らかい
東京独活。
珍しい東京野菜

ここのあんこう鍋には必ずこの独活が入っていたのだが
先シーズンここへきた時には夏の猛暑でできなかった、
とお姐さんが言っていた。
復活していたよう。
よかった。

そして、下に潜ってしまっているが、白滝。
毎度書いているが、極細のもの。
これが、うまいのだが、特注という。
やはり、白滝は細いものに限る。
むろん、細い方がつゆが染みやすい。

それから。
肝心のあんこうの身。

皮付き、骨付。

身には既に火が入っている。

それで野菜に火が通れば、もう食べられる。
もちろん、三つ葉などはすぐ、で、ある。

あん肝も同様に出来上がったもの。
これも温まればOK。
逆に、煮すぎると崩れてしまう。

よい感じになってきた。

つゆは、しょうゆ味の甘辛。

あんこうの身は基本、コラーゲン質。
特に皮がプリプリで、うまい。

しょうゆ味の甘辛と書いたが、これ、なにか
工夫がありそうである。
ただの甘辛ではなく、なにか出汁のようなものが
入っているか。
得も言われぬ、くせになる味。

そして、追加、追加だ!。
もちろん、特注の極細白滝。

やはり、これは必須だろう。

鍋へ。

煮ながら、食べる。

うまい、うまい。

あらかた片付けて、おじやを一人前頼む。

ご飯を持ってきてくれて、つゆを足し、玉子でとじる。
これら、全部お姐さんが作ってくれる。
手を出すとこっぴどく叱られるので、気になっても
我慢、我慢。

ねぎを散らして、出来上がり。
いい感じ。

これもまた、うまい。

やはりこのつゆがうまい、のであろう。

腹一杯。

ご馳走様でした。

忘れずに、下足札を持って、立つ。

勘定は階下の帳場で。

下足札を出し、13,420円也。
この下足札が、勘定の目印になっている。

同時に下足札に合った我々の靴が出される。

ご馳走様でした。

 

いせ源

千代田区神田須田町1丁目11番地1
03-3251-1229

 

 

 

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