
4722号
1月27日(月)第一食
さて、なにを食べよう。
なかなか思い浮かばぬ。
こういう時は、地下鉄に乗ろう。
と、すると、思い付くのは、室町[砂場]か
麻布は遠いので、室町にしよう。
室町なら暖かければ、自転車でも行けるのだが。
室町[砂場]は通し営業ではないが、15時までは
やっている。
13時に家を出て、稲荷町から銀座線に乗って、
三越前まで。
地下鉄も半分は外人観光客ではなかろうか。
これから春節に入るようでさらに中国人が
増えそう。嗚呼。
13時半頃到着。
ありゃ、満席。
が、お姐さんに一人というと、あいていたようで
案内してくれる。
お酒、ぬる燗。
えーと、肴は、、、
じゃ、とりあえず、つけてきますね、と。
はい。
ここ、肴も充実しているのである。
ちょっと気の利いた、割烹もの。
冬のもので、ふろふき蕪。よさそう。
それから、柱わさび、かな。
柱わさびとは、そばやでよくいうが、
わさびを添えた小柱刺身のこと。
酒がきた。
東京の老舗そばやのお通しといえば、
そば味噌と決まっているが、ここはなぜか、これ。
梅。くらげも入っているか。
ふろふき蕪と、柱わさびを頼む。
お姐さんに蕪(かぶ)をカブラと言い直されてしまった。
まあ、カブラは、関西弁であろう。
割烹料理は関西弁で至極当然。
柱わさびは切れている、とのこと。
うーん、じゃ、焼鳥、たれで。
なぜであろうか、焼鳥は、意外に古いそばや、
それから、うなぎやにもある。
専門外だがあれば、どこもうまい。
お通しをなめながら、呑む。
ここの酒も、菊正宗。
焼鳥がきた。
ねぎに、レバーもある。
焦げ目の入ったねぎが、ほかほか。
たれは、濃くもなく、薄くもなく、よい塩梅。
ふろふき蕪もきた。
ふたを取る。
なるほど、関西風。白味噌。
(江戸、東京風であれば、いわゆる江戸甘味噌、または
八丁味噌と白味噌の合わせ、を使うのが伝統であろう。)
ただ、蕪は、関東の小蕪であろう、これは。
まあ、これでよいのだが、直された手前、
突っ込みたくなる。
ともあれ、温かく、うまい。
酒もそろそろ終わる。
温かいそば、とも思ってきたが、やはり
ざるの、天ぷらそばを頼もう。
きた。
そう、ここの天ぷらそばは、これ。
そばつゆに、芝海老のかき揚げが入っているもの。
そばは、砂場なので、更科系の白いものもあるのだが、
やはり色の濃い方が、私の優先順位は高くなる。
かなりの数の更科系のそばやが、どちらも置いている。
やはり、ニーズは高いのであろう。
このそばつゆにかき揚げを入れるのは、ここが始めた。
と、いうことは、ここの創業は明治2年(1869年)なので、
それ以降。が、もう少し調べると、ずうっと後の戦前、
昭和25年頃
とも。
温かいそばに天ぷら、かき揚げをのせるのは、
江戸期には既にあった。
生まれた時期は、どのくらいであろうか。
そういえば、ちゃんと調べたことがなかった。
確か「鬼平」に出てきた。
史実としての長谷川平蔵宣以(のぶため)が火付盗賊改の
頭をしたのは、天明7年(1787年)から寛政7年(1795年)。
松平定信の頃。池波先生が、この件、どのくらい考証されて
いたのか、不明だが。
日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会
によれば、文献上では、文政10年(1827年)の川柳に
出てくるようで、それ以前というのが今の通説のよう。
30年ほどの差があり「鬼平」に出てくるのはちょと無理が
あるか。天ぷらそばの生まれた正確な年代、難しそうだが、
私の宿題。
つけつゆに天ぷらを入れるのも、簡単なものなので、
もっと前からあってもよさそうだが、、、。
まあ、その後も、このタイプは、メジャーには
ならなかったので、どちらでもよいか。
私は、好きなのだが。
ざるを一枚平らげて、これはいつもだが、
お替りがほしくなる。
ざるだけもらって、これも平らげる。
うまかった、うまかった。
ご馳走様でした。
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