あらゆる人間の生活には、すみずみまで昼の夢(Tagtraut)が浸透している。
エルンスト・ブロッホ「希望の原理」第1巻 まえがき 白水社 1982年
「Tagtraut」は、ドイツ語で「白昼夢」のこと。
日本語の「白昼夢」は、意識を保った状態で、幻想に浸ること、現実には起こっていない出来事を、あたかも実際に体験しているかのように想像することをいいます。
「希望の原理」の日本語訳が、「Tagtraut」に対して、「白昼夢」ではなく「昼の夢」という、あまり慣用的ではない表現を訳として当てたのは、日本語の「白昼夢」が内包している「幻想に耽溺する」「現実逃避の手段」といったイメージを避けたかったからではないかと想像します。「白昼夢」が人間の生活のすみずみまで浸透していると言われても、正気を保って生活している大多数の人々には、受け入れられないでしょうから。
そこでは、ある部分はほんの薄っぺらな、無気力な逃避にすぎず、詐欺師の餌食ともなるものでしかないが、しかし、もうひとつ別の部分は人をけしかけ、挑発して、現にある悪しき存在に妥協させず、まさにあきらめさせることをしない。
(同上)
ブロッホのいう「昼の夢」とは、どうやら二つの側面を持つものであるようです。
「薄っぺらな、無気力な逃避」という側面は、好ましくない現実から目をそらすための安易な逃げ場として働くものであり、そういう「昼の夢」に惑溺したがるような人であれば、覚醒剤の売人のような「悪しき存在」に、易々と食い物にされる可能性が高そうです。
「昼の夢」のもう一つの側面は、それを見る人に対してよりアグレッシブに働きかけ、「悪しき存在」に支配権を渡させない、そんな力を持つものとして捉えられているようです。
ブロッホのいう「詐欺師」「悪しき存在」が、具体的には何であるのか、ここまでのところでは明らかにされていません。弱いものから搾取する資本主義のシステムや、何をどうしても規模が大きくなってしまえば排他的で全体主義的にならざるをえないイデオロギーや宗教など、思いつくものはありますが、短絡的にすぎるでしょうか。
このもうひとつの部分の核に希望がある。そして、この部分は教えることのできるものである。
それは、不規則きわまりない昼の夢からでも、またその夢の狡猾な濫用からでも、取りだすことができるし、埃をはらって活性化できるのである。
(同上)
この部分は、よくわからないところです。
人々が好き勝手に思い描く空想の中身が「規則的」で統制の取れたものだったら、それはとても薄気味悪いデストピアでしかありません。
では、その「不規則きわまりない昼の夢」を狡猾に濫用するというのは、どういうことなのか。
当てはまる具体例として、たとえばいわゆる「推し活」などは、当たらずといえども遠からずでしょうか。アイドルなどの魅力は、それを推す人々の活動意欲や購買意欲を高め、経済の活性化に貢献する場合があります。インフルエンサーの中にはそうした存在をうまく利用して世論を動かすことで、利を得ようとする人たちもいるでしょう。無自覚に踊らされている側から見れば、それは「狡猾な濫用」と言えるかもしれません。
話は飛びますが、ナチスの宣伝省を率いていたゲッペルスは、類稀なるインフルエンサーとして、人心の不安や怒り煽り立て、民族の誇りを刺激しながら、ラジオを通してヒトラーの言論を湯水のように浴びせ倒して、国全体に異論を許さない空気を作り上げていったと言われています。その結果、国民の多くが「規則的」で統制の取れた昼の夢を見るようになり、近代史上最悪のディストピアが成立したのかもしれません。
昼の夢なしに生きた人間はいない。
だが、重要なのは、その夢をますます広く知り、そのことでごまかしのきかない、的をはずすことのない、有効性を保つことである。
昼の夢はもっとさらに充実したものになってほしい。それは、昼の夢がまさにその醒めた眼差しだけ豊かになることを意味するからである。
(同上)
一つの体制下で、強制的に見ることを強いられる「昼の夢」には遊びがなく、自由もないので、豊かに発展する余地も乏しいものであることは想像がつきますが、それよりも恐ろしいのは、そうした夢には、現実で「的をはず」してしまった場合に、自浄作用を持ち得ないことではないかと思います。
それは悪い意味で眼が肥えるのではなく、眼が冴えてくることである。事物をそのありようのままに受けとる単なる観察的な悟性の意味ではなく、事物の進みぐあいを、そこでまたよりよい可能性までも、見てとる参加者の悟性を意味している。
(同上)
「悪い意味で眼が肥える」とは、どういうことなのか。
多くの薄っぺらな「昼の夢」に触れ、それらが現実にもたらす愚にもつかない実態をたくさん見続けた人は、かなりの確率で、夢や希望に否定的で、冷笑的な性格になりそうに思えます。そういう人は、ディストピアをもたらすような危険な集団白昼夢に踊らされる危険は少ないかもしれませんが、逆に世の中をよくしようとする真っ当なエネルギーになるような夢にも近寄らない、「何もしない人」になりそうな気がします。
したがって、昼の夢は本当にいっそう充実したものとなってほしい。つまり、一段と冴えて、勝手気ままなものでなく、納得のいった、理解のゆきとどいた、事物の経過に媒介されたものに。熟そうとする小麦が育成され、収穫されて、実際に手にもって帰れるように。
(同上)
本当に、そういう真っ当で冴えた光のような夢を見る人が大勢いる世の中であればと、私も思います。
(_ _).。o○
毎度蛇足のAIイラスト。
Copilotさんに、
「ちょっと危険な香りのする男性インフルエンサーが主導して、愉快なゾンビになって、ストリートダンスをする光景を、実写映画のようなタッチで描いてくださいますか」
と依頼してみたら……
なんか、インド映画みたいになった。(´・ω・`)

ちなみに上のリクエストの前に、「ちょび髭け「軍服」「宣伝省」みたいなワードを入れたリクエストを出したのだけど、そのワードの組み合わせはコンプアイランス的にダメなしく、却下されました。