ひさびさに、和歌鑑賞をした。
寛平御時きさいの宮の歌合の歌
夏の夜の臥すかとすれば郭公鳴く一こゑに明くるしののめ
(なつのよの ふすかとすれば ほととぎす なくひとこえに あくるしののめ)
古今和歌集 夏 156
【語釈】
- 寛平…889年〜898年の年号。宇多天皇と醍醐天皇の時代だった。
- 寛平御時きさいの宮の歌合…宇多天皇の母である班子女王(はんしじょおう)の邸宅で行われた歌会。班女王は桓武天皇の孫。
- きさいの宮(后宮)…皇后、または中宮のこと。
- 東雲(しののめ)…明け方。あけぼの。「しののめ」は、住宅の明かり取りに用いた篠竹の網目のこと。そこから「夜明けの薄明かり」の意味が生まれたという。
【普通の意訳】
夏の夜というものは、寝ようかと思っていると、ホトトギスが鳴くたったひと声のうちに、明けてしまって、東雲の空を見ることになってしまうよ…
いつものように本多平八郎訳を引用しようと思ったのだけど、訳にいくつか疑問が見つかった。
No. 156
At a poetry party in the residence of Lady Fujiwara in the Kampyo era
On a summer night
it seems no sooner I lie down than I am wakened by a cuckoo calling at dawn.
【英訳の和訳】
寛平年間に、レディ藤原の邸宅で行われた歌会にて
夏の夜には
横になるとすぐ
夜明けのカッコウの鳴き声に起こされます
……
まず、詞書の「At a poetry party in the residence of Lady Fujiwara in the Kampyo era」。
歌会の主催者は班子女王なのに、歌会が「レディ・フジワラのレジデンス」で行われたと訳されている。班子女王は藤原氏ではないし、歌会が藤原家の邸宅で開催されたという情報も見当たらない。
班子女王は、藤原基経の妹である藤原淑子と親密な仲で、即位前に臣籍降下して「源定省」となっていた息子の宇多天皇を、わざわざ淑子の猶子にしていたほどだったというから、もしかしたら歌会の会場に淑子の邸宅を借りたとか、仲が良すぎて実は同居状態だった、なんてことがあったのかもしれないけれども、残念ながらそんなオモシロ情報は見当たらなかった。
本多訳に「Lady Fujiwara」が出現してしまったのは、「きさいの宮(后宮)」を宇多天皇の妻と受け取ったからかもしれない。
確かに宇多天皇には、藤原氏の女性が何人も入内しているのだけど、宇多天皇には「きさいの宮(皇后・中宮)がおらず、藤原氏の女性たちは女御、更衣、内侍までだったようなので、やはり「Lady Fujiwara」の訳は当たらないように思う。
もう一つの疑問は、「郭公」をcuckooと訳している点。
カッコウとホトトギスでは、鳴き声が全く違うから、歌のイメージが、ずいぶん変わってしまう。
Wikipediaを調べてみたら、どちらも「カッコウ目」「カッコウ科」に属すると書かれていた。鳴き声が全然違っていても、鳥の種類としては近しいらしい。
日本のホトトギスは、英語では lesser cuckooと呼ぶという。
本多平八郎氏がlesser cuckooとしなかった理由は分からない。もしかすると「郭公」という漢字表記に引きずられてカッコウと解釈してしまったのかも。
万葉集や古今和歌集には「呼子鳥(よぶこどり)」という、正体不明の鳥が詠まれた歌が収録されていて、これがカッコウではないかという説があるけれども、確証はないようだ。
(_ _).。o○
英訳を元に、copilotさんにAIイラストを描いてもらったら、こうなった。

衣装の時代考証には問題があるだろうけど、東雲の空のイメージは、こんな感じかなと思う。
