こんにちは。

すごい雷雨が来た!
と思ったら、からっと晴れて炎天下。いま34度。
35度を超えていないと「涼しい」と思うようになった。38度越えを経験してしまうと、20度台なんて、夏じゃないような気がしてくる。
25度で、夏日。
30度で、真夏日。
35度で、猛暑日。
40度越えで、酷暑日。
猛暑に慣れてしまって、熱中症や脱水に気が付かない高齢者が増えていると聞いた。エアコンをつけずにいるお年寄りが多いので、隣近所で声を掛け合っている地域もあるとか。
40度近い気温でエアコンなしは、自殺行為だと思うのだけど、冷風で体調を崩すからと、つけずにいる人も多いとか。
私も関節痛を抱えているので、エアコンを避けたい気持ちはすごくわかる。とはいうものの、暑いと眠れない。けれども冷えると痛くて目が覚める。どうにもならない時は、エアコンと電気敷毛布を併用して、足を温めている。
(_ _).。o○
昨日は教会の聖書講読に参加した。
人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。
それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。
(新訳聖書 コロサイの信徒への手紙 2章 8節)
コロサイはローマの属州の街で、独特の文化や信仰を持つ人々が住んでいたという。
そのコロサイの地に建てられた教会の信徒たちが、当時盛んだった哲学などに影響されて、惑わされることを憂えたパウロは、遠く離れた地で「労苦して、闘って」(コロサイ2-1)いたという。
パウロが活動していた時期には、「ストイック」の語源でもあるストア派の考え方がエリート層の主流だったようで、教育や教養のある人ほど、その禁欲的な価値観に影響される場合が多かったのだろう。
けれども、パウロのように、「神」の教えに従うキリスト教徒からすれば、それはすべて「人の言い伝えにすぎない哲学」であり、危ういものだったのだろう。
聖書を読んでいると、ねたみ嫉みなどの邪念や貪欲さ、姦淫などは厳しく戒められているけれども、決してあらゆることに禁欲的であれとは教えていないことに気づく。
パウロの手紙の中には、酒宴を戒める言葉もある。
日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、 主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。
(ローマの信徒への手紙 13章 13-14節)
けれど、当時のローマの富裕層の酒宴というのは、長椅子に寝転がって床いっぱいに食べ散らかし、満腹になったら嘔吐してまた飲食するという、とんでもないものだったようで、そりゃそんなことに惑溺していながら神の国に入ろうというのは無理だろうと、ノンクリスチャンの私でも思う。ストア派の人たちも、そこは同じ気持ちだったことだろう。
(↓現在、Kindle Unlimitedで利用できます)
