前回の続き。
里人(清少納言)たちの乗った車は、いよいよ内裏に迫っていく。
左衛門の陣のもとに殿上人などあまた立ちて、舎人の弓ども取りて馬どもおどろかし笑ふを、はつかに見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、主殿司、女官などの行きちがひたるこそをかしけれ。
「いかばかりなる人、九重をならすらむ」など思ひやらるるに、内にも見るは、いとせばきほどにて、舎人の顔のきぬにあらはれ、まことに黒きに白き物いきつかぬ所は雪のむらむら消え残りたる心地して、いと見苦しく、馬のあがりさわぐなどもいとおそろしう見ゆれば、引き入られてよくも見えず。
【語釈】
- 左衛門の陣…内裏の東面にある建春門のところにある衛府の詰所。
- 殿上人…清涼殿の殿上の間に昇殿することを許された者。四位、五位から選ばれる。
- あまた…たくさんの
- 舎人(とねり)…皇族や摂政・関白などに仕えて、護衛や雑役に携わる下級役人。
- おどろかす…驚かす。注意を促す。
- はつかなり…ほんの少しだ。
- 立蔀(たてじとみ)…格子の裏に板を貼ったもの。庭先に立てて室内が見えないようにする。屋内での衝立てにもなる。
- 主殿司(とのもりづかさ・とのもづかさ)…後宮の清掃、灯火などを担当した役所。女性職員が働く。
- 女官(にょうかん、にょかん)…宮中で仕事をする女性。
- 九重…宮中、皇居、内裏。
- ならす…我が物顔に振る舞う。
- 思ひやる…想像する。気にかける。
- 内…宮中。内裏。
- せばし…狭い。
- (顔の)きぬ…地肌。
- むらむら…まばらに。
- あがる…跳ね上がる。
- 引き入る…ひっこめる。引っ張りこむ。
(_ _).。o○
前回につづき、宮仕をしていない里人としての視点で、宮中行事が語られている。
車の中から覗き見しているためか、なんだか内裏潜入レポートみたいでもある。
建春門まできて、最初に目に入ったのは、悪ふざけする殿上人たちの姿だった。
弓で馬を驚かすのは危険行為だろうに、身分の低い舎人たちでは、止めることができなかったのだろう。そんな悪ふざけをして笑っているのは、まだ若い公達だったのかもしれない。そうだとすれば、里住まいの若い女性たちの目には、素敵な貴公子たちに見えていたことだろう。
けれども清少納言の熱い視線は、貴公子たちを素通りして、立蔀の向こう側できびきびと立ち働く、女性たちへと送られる。
「主殿司、女官などの行きちがひたるこそをかしけれ。」
主殿司は全員女性だったという。制服的な衣装の指定はとくになかったようだけれど、この文章を書いている清少納言は、主殿司と女官を見分けているので、出仕したことのある人には、見た目で見分けがつくものだったのだろうか。
宮中で臆することなく振る舞う、彼女たちの姿を、里人だった清少納言はもっと近くで見たいと熱望したことだろう。
けれども実際に内裏の中に車が入っても、見えるのは、貴公子ならぬ舎人たちの、化粧がまだらに剥げた顔ばかり。しかも、クソガキみたいな殿上人たちが馬を暴れさせているものだから、怖くて外を見ることもできない。
白馬の節会を見に来たはずの清少納言の目を最も楽しませたのは、宮中で働く女性たちの姿で、馬は怖いので評価が低く、舎人たちは顔が汚いと酷評された。殿上人たちについては評価の言葉がないけれど、もしかすると舎人と同レベルの評価だったかもしれない。
【妄想入りの怪しい意訳】
左衛門の近くの詰め所のあたりに、若い男の人たちが大勢立って騒いでいる。
着物の色からして、殿上人たちだろう。
何をしているのかと思えば、舎人たちから弓を取り上げて、それで馬を驚かして笑っているのだ。
バカみたいと思いながら、こっそり覗き見していたら、衝立の向こう側を、宮中で働く女性たちが、颯爽と行き交っているのが見えた。主殿司や、それよりも身分の高い女官たちだろうか。ほんとうに素敵で、心惹かれる。
いったい、どれほどの幸運に恵まれた女性たちが、あんなふうに宮中で思うままに堂々と振る舞うのかしら…
なんて想像をめぐらしていたけれど、実際に門の内側の、内裏と呼ばれる場所に入ってみても、車の中から見えるのは、ほんとうに狭い範囲だけ。
唯一近くでまともに見えたのは、舎人のばっちい顔だった。
お化粧が剥げかけて、ところどころ地肌が出てしまい、元が色黒なものだから、地面の雪がまだらに消え残っているみたいで、マジで見苦しいというか、内裏まで来てなんでこんなものを見なくちゃいけないのよって、がっかりな気持ちになる。
ガキンチョみたぃな殿上人たちに驚かされた馬が跳ね上がって暴れているのが怖くて、身体が車のなかに引っ込んでしまって、ろくに見えないまま終わってしまった。
あーあ、残念。
殿上人なんかじゃなくて、女官たちをもっと近くで見たかったなあ。
(_ _).。o○
平安宮では、白馬の節会以外にも、馬関連の行事があったようだ。
右近の馬場の引折の日、向ひに立てたりける車の下簾より、女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける
見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめくらさむ
古今和歌集 巻第十一 恋一 476
【語釈】
- 右近の馬場…右近衛府の馬場。
- 引折(ひをり)…内裏の馬場で、舎人たちが競馬や騎射をする行事だったらしい。
- 下簾(したすだれ)…牛車の前後の簾の内側にかけて垂らす、二枚の薄い布。
- あやなし…理屈に合わない。つまらない。
【怪しい意訳】
右近の馬場の催しを見物に来てみたら、うちの車の向かいに止めた車のカーテンをすかして、女の顔がほのかに見えたので、とりあえずナンパした。
あーすみません、ちょっといいですか?
いまね、あなたの顔が、そこのカーテンを透かして、すこーしだけ、こう、うっすらとね、見えちゃったような気がするんですよ。
あ、いやいや、はっきりバッチリ見たって言えるほど、露骨に見えたわけじゃないんですよ。だけど全く見えなかったっていうわけでもなくてね。
で、すごく気になっちゃってるんですよ。
有り体に言っちゃいますとね、あー、もっとちゃんと見たいなあ。面と向かってお目にかかって、叶うものなら顔と言わずなにもかも全部この目に入れちゃう感じで、お付き合いしてみちゃったり、したいなーと。
あーわかってますって。いきなりこんな場所で、僕なんかにこんなこと言われて、はいよろこんでーって、顔見せてくれるわけないですよね。
なので今日のところは、この悶々とした恋の思いを抱えて、馬でも眺めて過ごすことにしますよ。
てことで、お返事待ってます。❤️
(_ _).。o○
この歌は、女性からの返歌とともに「伊勢物語」にも掲載されているので、またそのうち読解してみたいと思う。
本多平八郎訳の英語版は、ちょっと雰囲気が違っていた。
No,476
Getting a glimpse of a lady behind the carriage screen
Yearning for a woman whom I have but glimpsed,
in a pensive mood must I expend all day?
Ariwarano Narihira
- glimpse 垣間見る。
- yearn 切望する。
- pensive 物思いにふける。
【怪しい逆翻訳】
車のカーテンの向こうの淑女を垣間見た。
ちらっと見かけただけの女性に恋焦がれて、今日一日中、悶々と悩み暮らさなくてはならないというのでしょうか。
………
なんだかちょっとキレ気味というか、被害者っぽい口ぶりになっているように思う。
ナンパの歌としては、あまり有効じゃないかもしれない。
(_ _).。o○
さて、恒例のAIイラスト。
うちのDiffusionBeeさんは、今日は機嫌が悪いのか、何をどうしても謎の影絵しか描いてくれなかったので、今回はMicrosoftのCopilotさんにお願いしたのだけど・・・

何度も何度も言葉を変えて、試行錯誤しまくったけれど、この絵が一番まともだった。
在原業平の歌は、こちら。

試行錯誤に疲れたので、今日はもう、これでいいことにする。(´・ω・`)