こんにちは。
ブログのタイトルを書くときに、MacBookのキーボードを英数に変えて、丸かっこを書き込もうとすると…
癶( 癶;:゜;益;゜;)癶)
このような不気味な顔文字が出現する。
本文を書いているときには、こんな現象は起きない。タイトル欄だけだ。
なんだろう。「もののけ姫」のタタリ神みたいなんだけど。
面白いから、このままにしておこう。

ゆうべは、しっかり眠れた。
息子(27歳・重度自閉症)は朝から福祉サービスの遠足へ。帰りは夕方の予定。
(_ _).。o○
昨日、イラストAI のDIffusionBeeと格闘したおかげで、キーボードのブラインドタッチ能力が八割がた復活した。長時間、完全に過集中状態で文字を打っていたので、死にかけていた脳の一部に喝が入ったのかもしれない。
五年ほどパソコンを使わなくなっていたせいで、すっかり指が動かなくなっていたから、もう二度とブラインドタッチは使えないものと諦めかけていた。このくらい復活すれば、指を意識せず、思考しながら文字入力することができる。人間の潜在能力は捨てたものじゃないと、我が身のことながら嬉しく思う。
同時に、能力は使わなければ容赦なく錆びついて失われるものだということも、痛感する。
物忘れも、ずいぶん増えた。
日記に書いたことは、比較的忘れにくいけれど、気付かないうちに同じことを二度以上書いていることもある。
「枕草子」の読解でも、一度書いた疑問点を、一年後にもう一度書いたりしていた。忘却していても、目をつけるところは変わらないのだと思うと、なんだかおかしくなる。たとえこの先すっかりボケて、何がなんだか分からなくなることがあったとしても、たぶん私という人間の核になる部分は変わることはないだろう。願わくはその核である部分が、周囲にやさしい、穏やかなものであることを祈りたい。
(_ _).。o○
さて、今日は何をしようか。
- 書きかけの「枕草子」の記事の続きを書く。
- DiffusionBeeとの格闘の続き。
- ウォーキング。
- 買い物と掃除。
そういえば今年は聖書の詩篇を読みたいと思っていたのに、まだ手をつけていなかった。「ねこたま日記」を書くときに、一つづつ書き写しながら読めば、年内に読み終わりそう。
というわけで、さっそく開始。
悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
(詩篇 1-1)
Blessed is the man that walketh not in the counsel of the ungodly, nor standeth in the way of sinners, nor sitteth in the seat of the scornful.
- counsel 助言
- ungodly 不信心
- walketh 歩く
- standeth 立っている
- scornful 軽蔑的な
内容にいろいろと思うところはあるけれど、一歩間違えば説教臭い述懐になりそうなので、書くのは控え、いま盛んに取り沙汰されている元SMAPのメンバーさんの件が、ふと頭をよぎったことだけ、書き留めておく。
ここであえて日英対訳聖書を持ち出してきた理由など、一つしかない。
我がDiffusionBeeさんの出番を作るためだ。(一応英語の勉強の一環でもある)

なんだろう。
三人の悪い男たち?
いや、中央の人は女性のようにも見える。
悪の道に唆されて、肩幅だけ男性化しつつあるとか?
うん、意味わからない。
明日も頑張ろう。