
AIのdesignerさんに、平安時代の清涼殿で行われる神楽舞の絵を依頼したら、こうなった…
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前回の記事で、第二段「頃は」で、二月、六月、十月が省かれている理由が分からないことについて書いた。
その後、次のように十一月から並べると、三ヶ月ごとに月を抜いていることに気がついた。
【十一月、十二月、一月】
【二月】←抜け
【三月、四月、五月】
【六月】←抜け
【七月、八月、九月】
【十月】←抜け
もしかすると、二月と六月と十月は、行事が少なめの中休み的な月だったのではなかろうか。
そのあたりを探るために、清少納言が体験した宮中行事と、その開催月について、じっくり把握していこうと思い、とりあえず気になっていた「御神楽」関連の記事を探して(Kindle本を全文検索して)みたら、「心地よげなるもの」という段に、「神楽の人長」という文字列があるのを見つけた。
ところが、同じ「枕草子」でも、底本とした本の系統によって、「心地よげなるもの」という段の内容が全く違っていることに気づいてしまい、そちらが気になって、宮中行事の把握どころではなくなってしまった。
古文研究に関しては全くの素人なので、これまであまり写本の系統に注意を払うことがなかったのだけど、内容が大きく変わってしまうとなると、気にしないわけにはいかない。というか、むしろ気になって仕方がない。
最低限の基礎知識だけでも持っておきたいと思い、Wikipedia詣をした。
「枕草子」の写本は、大きく分けると、次の四系統になるという。
- 三巻本(雑纂形態)
- 能因本(雑纂形態)
- 堺本(類纂形態)
- 前田本(類纂形態)
このうち、 同じ種類の章段を揃えた類纂形態でまとめられている堺本と前田本は、清少納言の手によるものではなく、後の時代の人の手でまとめられたものとされているため、底本とされることはないという。
能因本は、
「清少納言の息子(橘則長)の嫁の兄弟だった能因という人物が所蔵していた本だというのを人づてに聞いた写本である」
という、ややこしい旨が記されていることから、能因本と呼ばれるようになったものだという。
江戸時代初期に古活字本の底本として、この能因本が使われたために、江戸時代にいくつもの注釈書が作られて流布し、「枕草子」本文の主流として長く親しまれていたけれど、近代になって古活字本の本文への批判が起こり、三巻本のほうが、能因本よりもオリジナルに近い形であると考えられるようになったという。
で、三巻本は、安貞2年(1228年)3月付の、耄及愚翁(もうぎゅうぐおう)という、おそらくは藤原定家だと推定される謎の人物による奥付があり、全体的に表現が難解で、意味不明な箇所もあるけれど、おそらく最も古い形を留めた写本だろうと言われているのだとか。
Kindle本の「枕草子」も、能因本系統と三巻本系統のものが出ている。
これまで私がよく見ていたのは、川瀬一馬 校註・現代語訳(講談社文庫 Kindle Unlimited)と、三石由起子「これで読破!枕草子」の二つだけれど、最近になって角川ソフィア文庫版も入手した。
川瀬一馬による講談社文庫版は、能因本系統である加藤盤斎「清少納言枕草子抄」(延宝2年・1674年)を底本としている。
三石由起子「これで読破!枕草子」は、原文を、萩谷朴 校註 新潮古典文学集成「枕草子」に依ったとしている。古典集成版がいま手元にないので確認できないけれど、底本は三巻本系統だと思われる。
角川ソフィア文庫版「枕草子」(河添房江・津島知明 訳註)は、三巻本を底本としている。
以下、上のKindle本のほか、手元にある紙の「枕草子」の 「心地よげなるもの」で始まる段を、引用してみる。
①
第六十七段
心持よげなるもの。卯杖のことぶき。神楽の人長。池の蓮の村雨にあひたる。御霊会の馬長。又、御霊会の振幡とりもてるもの。傀儡のことり。除目に第一の国得たる人。
②
第七十五段
心ちよげなるもの。 卯杖の捧持。 御神楽の人長。 御霊絵の振幡とか持たる者。
③
七七段
心地よげなるもの 卯杖のほうし。 御神楽の人長。神楽のふりはたとか持たる者。
④
七六 心地よげなるもの
心地よげなるもの 卯仗のほうし。御神楽の人長。神楽のふりはたとか持たる者。
⑤
【八〇】
心地よげなるもの 卯杖のことぶき。
御神樂の人長。
神樂の振幡とか持たる者。
御靈會の馬の長。
池の蓮、村雨にあひたる。
傀儡のこととり。
⑥
【第八四段】
心地良気なる物、
卯杖の壽。神楽の人長。池の蓮の、村雨に遭ひたる。御霊会の馬長。又、御霊会の振幡。
段の数字からして、一つたりとも同じものがない。
段は後世の人間が割り振ってつけたのだろうから、違っていても仕方がないけど、内容が粗忽者の伝言ゲーム並みに改変されているのは、どういうことなのか。
上の6冊の「枕草子」の「心地よげなるもの」の段で取り上げられている項目と出てくる本は、次の通り。
「卯杖の壽(ことぶき)」…①、⑤、⑥
「卯杖のほうし」…③、④
「卯杖の捧持」…②
「(御)神楽の人長」…①、②、③、④、⑤、⑥
「池の蓮の村雨にあひたる」…①、⑤、⑥
「御霊絵(会)の振幡(とり持てるもの・とか持たる者)」…①、②、⑥
「神楽のふりはたとか持たるもの」…③、④
「御靈會の馬(の)長」…①、⑤、⑥
「傀儡のことり(こととり)」…①、⑤
「除目に第一の国得たる人」…①
全部に共通して出てくるのは「神楽の人長」だけで、他のものは神出鬼没というか変幻自在というか、やたらとフレキシブルなことになっている。
このなかで、①にしか出てこない 「除目に第一の国得たる人」は、「したり顔なるもの」の段にもそのまま出ていた。
「池の蓮の村雨にあひたる」は、三巻本系と能因本系の両方に出ているけれど、出てこない本もある。 列挙されているものの中では唯一の人外で、その意味ではかなり違和感があるけれど、清少納言なら、ここに「池の蓮」を挙げてもおかしくないような気がする。
一番混乱しているのは「振幡(ふりはた)」で、御霊会なのか神楽なのか、その両方だったのか、さっぱり分からない。どっちにしろ、行事で旗を持って凛々しく立ち歩く役割なのだろう。
全部の本に出てきた「神楽の人長」については、「なほめでたきこと」について語る段でも、「心地よげ」な様子が描写されている。
賀茂の臨時の祭は、還立の御神楽などにこそ、慰めらるれ。
庭燎の煙の細くのぼりたるに、神楽の笛のおもしろく、わななき吹きすまされてのぼるに、歌の声も、いとあはれに、いみじうおもしろし。
寒く冴え凍りて、擣(う)ちたる衣もつめたう、扇持ちたる手も、「冷ゆ」ともおぼえず。
才の男召して、声引きたる人長の心ちよげさこそ、いみじけれ。
第百三十五段 「なほめでたきこと」より
(三石由紀子「これで読破」版の本文より)
【語釈】
- 賀茂の臨時の祭…賀茂神社で毎年十一月に行われる祭り。三日前に清涼殿で試楽が行われ、祭りの勅使たちが宴を賜った。
- 還立(かえりだち)…祭の終了後、祭の使いや舞人、楽人などが、宮中に帰ってきて、清涼殿の東庭で神楽を演じ、宴を賜い、褒美をいただくこと。
- 慰む…心を晴らす。
- 庭燎(にわび)…照明のために庭で焚く火。かがり火。
- わななく…ふるえる。
- 擣(う)ちたる衣…砧で打って、つやを出した衣。
- 才の男(ざえのおのこ)…内侍所の神楽などで、歌を歌ったり芸を披露したりする人。
- 人長(にんじょう)…宮中の神楽の長。近衛府の舎人(とねり)が勤めた。
- 近衛府…内裏の警備などを担当する役所。
【たぶん普通の意訳】
賀茂神社の臨時祭は、本番終了後、宮中で行われるエキシビションなどにこそ、鬱屈がスカッと晴らされるものだ。
かがり火の煙が、細く高く登っていくのに合わせるように、神楽の笛の澄んだ音色が、いい感じにビブラートをきかせて空高くまで響き、歌声も情感たっぷりで、ものすごく素敵だ。
凍りつくような寒さなので、砧でバシバシにツヤ出しした保温性皆無な衣装も、扇を持っている手も、カチカチに冷え上がっているはずなのに、心が神楽の虜になっているから、冷たいとも感じない。
次に演じる者の呼び出しで、神楽チームのリーダーである人長が、ハイテンションで朗々と声を上げる様子が、とんでもなくカッコいい。
……
清少納言の臨場感あふれる描写から連想されるのは、クソ寒い真冬の野外ライブと、プロレスなどの名物リングアナウンサーだけれど、絶対に違うと思うので脳内から撤去する。
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異本を並べて考えてみたけれど、清少納言の書いたオリジナルを推定するのは、私の手には余るということがよくわかった。
なので、「なほめでたきこと」の「神楽の人長」のイメージをも踏まえて、「心地よげなるもの」の段を、異本も全部まとめて意訳してみる。
【だいぶ怪しい意訳】
ハイテンションな人々。
卯杖という邪気祓いのワンドを捧げ持って、宮中を祝福してまわる聖職者。
気合い入ってるわー。
神楽チームのリーダー。
リングアナウンスだけじゃなくて、自分も踊るんだもの。見てるこっちもテンションアゲアゲよ。
池の蓮がゲリラ豪雨に降られてるところ。
なんか、めっちゃうれしそうに見えるのよね。
御霊会(ごりょうえ)の馬長(うまおさ)。
馬に乗ってカッコよく練り歩く姿を見たら、邪霊もゾンビもまとめて浄化されちゃうんじゃないかな。
神楽でも御霊会でもいいんだけど、行列で旗持って歩く人。まさに最高にハイって感じよね。
人形使いの座長さん。
口上を述べる時とか、迫力だわ。
除目で、一番いい国に当たった国司。
テンション高いっていうか、まさにドヤ顔の極みだわね。


