こんにちは。

昨日の日記。
上の画像は、冬に撮影した息子(26歳・重度自閉症)の写真を、画像アプリで手描き風に加工したもの。本人よりだいぶ男前になっている気がする。
十代のころ、とどまることを知らない過食のせいで90キロ以上あった体重が、いまでは標準レベルになっている。
息子が自分自身で決めた、「食べすぎない」習慣は、いまもしっかり守られている。
食卓の上に好物のケーキがあっても、決して自分からは手を出そうとしない。促されれば食べるけれども、食べすぎることはない。
過食していた時代も、決して本心から食べたかったわけではないのだと思う。
エコラリアと同じように、食べたくないのに、とまらない自分の行動に、長く苦しんでいたのだろう。
やりたくないことを、自分の意志でやめることができるようになったのは、病院で処方されている薬(デパケン)の力によるところが大きいのだろうけど、息子自身が「こうなりたい」という願いを持っていたからこそ、実現したことは、疑いようもない。
知能テストではIQ20ちょっとの数値を叩きだす息子だけれど、心の深さと大きさは、健常な青年たちと変わらない、むしろ大きなハンディを背負っている分、ずっと深いのではないかと、私は思っている。
そんな息子が、親亡きあともずっと、安心して穏やかに、幸せに暮らしていけることを、切に願っている。
(_ _).。o○
ずっと続けている、ポケモンスリープで、新たなる発見をした。
ときどき、色違いのポケモンをゲットすることがある。

いもむし君なので、基本色は緑なのだけど、ごく稀に、黄色い子が出現する。

とても、かわいい。😍
この色違いのラブリーな子を進化させたら、どうなるのか、ずっと気になっていた。
通常の進化型になってしまうのか。
それとも、色違いであることを維持したまま進化するのか。
昨晩、進化に必要なキャタピーのあめが十分に溜まったので、進化させてみることにした。
すると…

通常のトランセル緑色だけど、黄色いキャタピー君は、オレンジ色のトランセルに進化した。
……もとの黄色のまま進化したほうが、可愛かったのにと、ちょっと思ったけど、成長で色が濃くなったということなのだろう。
なにはともあれ、色違いのポケモンは、色違いの進化を遂げると分かった。
ということは、このオレンジ色のトランセルは、羽化させれば、色違いのバタフリーになるはず。
さっそくやってみたら、 ちょっとだけ色違いのバタフリーが爆誕した。

分かりにくいので、標準タイプのものと並べてみる。


上が色違いちゃん(女の子だった)で、下が標準タイプ。
目と口と足の色は、分かりやすく違っている。
あと、色違い君は、羽の色がうっすらと桃色に染まっているように思う。
幼虫時代は黄色。
サナギになるとオレンジ色。
成虫になると、ピンク系。
かわいい。😍
バタフリー界のヒロインとして、じっくり育ててあげようと思う。
色違いの子は他にもいるので、頑張ってあめを貯めて、いつか進化させてみよう。
(_ _).。o○
今日も19年前の日記をいくつか転載した。
息子の小学生時代は、本当に毎日が戦場みたいなものだった。
こだわり、パニック、大偏食。
親も大変だったけど、一番しんどかったのは、間違いなく息子本人だ。
先の見えない、わけのわからない環境で、降り注いでくる過剰な刺激に混乱しながら、よく成長してくれたと思う。
(_ _).。o○
「はてなブログ」のAIさんに、今回の記事のタイトル案を出してもらったのだけど…

なんというか、ドラマチックすぎて、使いにくい。😅
「自閉症との戦いから成長へ」
「過食から健康への奇跡」
「毎日が戦場だった日々」
「苦難の小学生時代」
「戦場を生き抜いた息子」
確かにそんなようなことを上に書いたけれども、そこだけを強調するのは、なんかこう、違う気がする。
「戦場を生き抜いた息子」なんてタイトルのブログ記事は、いままさに息子を兵士として送り出しているウクライナやロシアの母親の方々にこそふさわしい気がする。
ふと、「ジョニーは戦場へ行った」という映画を思い出した。
この映画をいつ見たのかは、覚えていない。
けれども、息子に重度の発達障害があると分かってから、映画の内容を何度となく思い返した。
主人公のジョニーは、戦場で被弾し、四肢を切断され、五感のほとんどと、発語能力を失った状態で療養することになる。
介護者たちは、ジョニーを、意識もなく、痙攣することしかできない肉の塊とみなしていた。
けれども、彼の意識は全く正常で、ただそれを表現する手段がないまま、暗闇の中に閉じ込められていたのだった。
ある日、ジョニーを見舞った客が、彼の頭の動きが、単なる痙攣ではなく、モールス信号のSOSであることに気づいたことから、ジョニーに意識があることが発覚する。
けれども、その奇跡のような気づきは、誰にとっても幸せをもたらさなかった。
意思の疎通が出来ると知ったジョニーは、自分を人目に晒すか、殺してくれるようにと懇願し続ける。
彼を取り巻く人々は、あまりにも残酷なジョニーの運命に心を痛めつけられるばかり…
死を願い続けるジョニーの存在は、社会から黙殺されたまま、映画は終焉する……
感覚機能を損なわれ、正常な意識と思考能力を保ちながら、それを表出する手段を奪われたジョニーの境遇が、重度知的障害を伴う自閉症の息子に重なっているように思えてならなかった。
息子には、かなり複雑な論理的思考能力があり、他人に向けた細やかな情緒もあるということを、私は疑ったことがない。
けれども残念なことに、私以外にそれを信じる人は、ほとんどいない。
ごく稀に、奇跡のように、息子の言動が、世間一般の求めるコミュニケーションスキルに合致することがある。それはまさに、モールス信号で意思を外界に伝えることができた時のジョニーのようだった。
ジョニーと違って、息子には五感があり、物を言う口もある。けれどもそれらには何らかの制限があり、息子が外界と十全に意思疎通を行い理解することを、妨げているらしい。
私たちには、息子の思考がよく分からない。
同じように、息子にも、私たちの思いや言動がよく分からないのだと思う。
だから、息子が置かれている状況は、ジョニーのそれに近いのだと、これまで何度となく思わされてきた。
私に出来ることは、息子の精神世界が豊穣であると信じることと、いつか何らかの形でコミュニケーションスキルを獲得できる可能性があると信じ続け、出来る限りの工夫をしていくことくらいかもしれない。
(_ _).。o○
話が大きく逸れた。(´・ω・`)
はてなのAIさんには、もうちょっとこう、日本の日常にしっくりくるような、手頃な語感のタイトル案を検討してもらいたいのだけど、人目を引いてアクセスを稼ぐには、そのくらいのドギツさが必要ということなのだろう。
うちは、いままで通り、目立たずひっそりいこうと思う。
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